・・・本はバイブルで、その人物の右手の指は「爾の墓を用意せよ。爾は死すべければなり」と云う章を指さして居ります。ベッカアは友人のいる部屋へ帰って来て、一同に自分の死の近づいた事を話しました。そうして、その語通り、翌日の午後六時に、静に息をひきとり・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・実にキリスト教の『バイブル』を読むような考えがいたします。ゆえにわれわれがもし事業を遺すことができずとも、二宮金次郎的の、すなわち独立生涯を躬行していったならば、われわれは実に大事業を遺す人ではないかと思います。 私は時が長くなりました・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・「燭台は高きに置け、とバイブルに在るから、高いところがいい。その本箱の上へどうだろう。」「お酒は? コップで?」「深夜の酒は、コップに注げ、とバイブルに在る。」 私は嘘を言った。 キクちゃんは、にやにや笑いながら、大きい・・・ 太宰治 「朝」
・・・ところで、私は、こないだ君のエッセイみたいなものを、偶然の機会に拝見し、その勿体ぶりに、甚だおどろくと共に、君は外国文学者のくせに、バイブルというものを、まるでいい加減に読んでいるらしいのに、本当に、ひやりとした。古来、紅毛人の文学者で、バ・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・「それじゃ、バイブルだ。」「気持は、判るのだがね。」「いっそ、草双紙ふうのものがいいかな?」「君、その本は重大だよ。ゆっくり考えてみようじゃないか。怪談の本なんかもいいのだがねえ。何かないかね。パンセは、ごついし、春夫の詩集・・・ 太宰治 「雌に就いて」
・・・支那の四書五経といい、印度の仏経といい、西洋のバイブルといい、孔孟、釈迦、耶蘇、その人の徳高きがゆえに、書もまたともに光を生じて、人とともに信を得ることなり。かりに今日、坊間の一男子が奇言を吐くか、または講談師の席上に弁じたる一論が、偶然に・・・ 福沢諭吉 「読倫理教科書」
・・・ふりかえって見ると、車室の中の旅人たちは、みなまっすぐにきもののひだを垂れ、黒いバイブルを胸にあてたり、水晶の珠数をかけたり、どの人もつつましく指を組み合せて、そっちに祈っているのでした。思わず二人もまっすぐに立ちあがりました。カムパネルラ・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・教会へ行くところらしくバイブルも持っていたのです。「こっちへ山羊が一疋迷って来たんですが、ご覧になりませんでしたでしょうか。」 みんなは顔を見合せました。それから一人が答えました。「さあ、わたくしどもはまっすぐに来ただけですから・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・なもの、無邪気なもの、天真爛漫な人生前期と提出している点、作者は極めて非プロレタリア的である。バイブルが「手袋なしには持てぬ」代物である通り、ブルジョア世界観によって偽善的に、甘ったるく装われ、その実は血を啜る残虐の行われている「子供の無邪・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・日本の財閥が外見上解体されたとして、どうして徒弟制が絶滅したといえよう。バイブルに、男女は差別ある賃銀を、と書いてはなかろうが、カソリック教徒である日本の文相は、それらを教員たちとの係争点にしている。あらゆる市民が半封建的なものからの離脱を・・・ 宮本百合子 「作家の経験」
出典:青空文庫