・・・私は葉巻を口へ啣えたまま、呆気にとられて見ていましたが、書物はうす暗いランプの光の中に何冊も自由に飛び廻って、一々行儀よくテエブルの上へピラミッド形に積み上りました。しかも残らずこちらへ移ってしまったと思うと、すぐに最初来たのから動き出して・・・ 芥川竜之介 「魔術」
・・・そして裏に立つ山に湧き、処々に透く細い町に霧が流れて、電燈の蒼い砂子を鏤めた景色は、広重がピラミッドの夢を描いたようである。 柳のもとには、二つ三つ用心水の、石で亀甲に囲った水溜の池がある。が、涸れて、寂しく、雲も星も宿らないで、一面に・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・路上のどんな小さな石粒も一つ一つ影を持っていて、見ていると、それがみな埃及のピラミッドのような巨大な悲しみを浮かべている。――低地を距てた洋館には、その時刻、並んだ蒼桐の幽霊のような影が写っていた。向日性を持った、もやしのように蒼白い堯の触・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・果樹整枝法、その一、ピラミッド、一の号令でこの形をつくる。二で直るいいか」大将両腕を上げ整枝法のピラミッド形をつくる。大将「いいか。果樹整枝法、その一、ピラミッド。一、よろし。二、よろし、一、二、一、二、一、やめい。」大・・・ 宮沢賢治 「饑餓陣営」
・・・今日有名なピラミッドや、スフィンクスが、何故、あの砂漠の真中に打ちたてられたろうか? 古代のエジプトの王が、全人民を奴隷として働かし得たからこそ、あの巨大なピラミッドもスフィンクスも作り得たのであって、それがなぜ他の古代の王国の文化の中に拡・・・ 宮本百合子 「今日の文化の諸問題」
・・・彼はがばと跳ね返った。彼の片手は緞帳の襞をひっ攫んだ。紅の襞は鋭い線を一握の拳の中に集めながら、一揺れ毎に鐶を鳴らして辷り出した。彼は枕を攫んで投げつけた。彼はピラミッドを浮かべた寝台の彫刻へ広い額を擦りつけた。ナポレオンの汗はピラミッドの・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・その点においてはエジプトのピラミッドもローマのコロセウムも大阪城に及ばない(。しかもそういう巨大な人力をあの城壁に結晶させた豊太閤は、現代に至るまで三百余年間、京都大阪の市民から「偉い奴」であるとして讃美され続けて来たのである。そうしてこの・・・ 和辻哲郎 「城」
出典:青空文庫