・・・自分でも、おやおやと思うほど駄目になって、意志のブレーキが溶けて消えてしまうのである。ただ胸が不快にごとごと鳴って、全身のネジが弛み、どうしても気取ることが出来ないのである。次々と、山海の珍味が出て来るのであるが、私は胸が一ぱいで、食べるこ・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・いや兎角く此道ではブレーキが利きにくいものだ。 だが、私は同時に、これと併行した外の考え方もしていた。 彼女は熱い鉄板の上に転がった蝋燭のように瘠せていた。未だ年にすれば沢山ある筈の黒髪は汚物や血で固められて、捨てられた棕櫚箒のよう・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・そして最後に「これにてペンにブレーキをかけます」この純真な若者は、次兄の出征の留守、トラックを運転しているのだ。思わず笑い、同時に胸がいっぱいになる。深く動かされた。 一月○日 今、夜の七時すぎ。絶え間なくギーとあいてバタンと閉・・・ 宮本百合子 「寒の梅」
・・・昔の日本の風習には、感情の表現にブレーキをかけるという特徴があったと思う。その点で漱石は前の世代の人であった。それだけに漱石は、言葉に現わさずとも心が通じ合うということ、すなわち昔の人のいう「気働き」を求めていたと思う。 そういう漱石が・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫