・・・現在少数の作家が肉体を描くという試みによって、この保守性に反抗しているのは、だから、けっしてマイナス的試みではない。しかし、肉体を描くということは、あくまで終極の目的ではなくて単なるデッサンに過ぎず、人間の可能性はこのデッサンが成り立っては・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・トランプの遊びのように、マイナスを全部あつめるとプラスに変るという事は、この世の道徳には起り得ない事でしょうか。 神がいるなら、出て来て下さい! 私は、お正月の末に、お店のお客にけがされました。 その夜は、雨が降っていました。夫は、・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・それが、いまの三代目の店子のために、すっかりマイナスにされてしまった。 いまごろはあの屋根のしたで、寝床にもぐりこみながらゆっくりホープをくゆらしているにちがいない。そうだ。ホープを吸うのだ。金のないわけはない。それでも屋賃を払わないの・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・けれども、それからたいへんまずい事をおっしゃったので、マイナスになった。「西太平洋って、どの辺だね? サンフランシスコかね?」 私はがっかりした。主人は、どういうものだか地理の知識は皆無なのである。西も東も、わからないのではないか、・・・ 太宰治 「十二月八日」
・・・かえって、マイナスだけである。その自覚と、もう一つ。下宿の一室に、死ぬる気魄も失って寝ころんでいる間に、私のからだが不思議にめきめき頑健になって来たという事実をも、大いに重要な一因として挙げなければならぬ。なお又、年齢、戦争、歴史観の動揺、・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・伯父への御恩返しも、こんな私の我儘のために、かえってマイナスになったようでしたが、もはや、私には精魂こめて働く気などは少しもなく、その翌る日には、ひどく朝寝坊をして、そうしてぼんやり私の受持の窓口に坐り、あくびばかりして、たいていの仕事は、・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・少くとも社会の進歩にマイナスの働きをなしている奴等は全部、死ねばいいのだ。それとも君、マイナスの者でもなんでも人はすべて死んではならぬという科学的な何か理由があるのかね」「ば、ばかな」 小早川には青井の言うことが急にばからしくなって・・・ 太宰治 「葉」
・・・プラスよりも、マイナスがずっと多いのよ。だからそんなに黄色く濁っているんだ。わあい、だ。」「生意気を言ってやがる。」 兄さんは、ぶっとふくれて隣りの六畳間に引込みました。 太宰治 「雪の夜の話」
・・・同様なわけで器械の工率のディメンションは時間のマイナス三乗を含むから、映写機のハンドルを二倍の速さで回せば、一馬力の器械が八馬力を出して見えるのである。もっともこれは映像の質量と距離とをほぼ正当に評価し想定するためにそうなるのであって、もし・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・四十二度にと云えば、そんなに熱くてもいいのかと驚きはするが、ちゃんと四十二度プラスマイナス〇・何度にしてくれるのである。もちろんこれは湯沸しの装置がうまく出来ているから、そういう温度の調節が誰にでも容易に出来るのであって、われわれの家の原始・・・ 寺田寅彦 「家庭の人へ」
出典:青空文庫