・・・伝説に語られている環境のなかで、青年イエスの心情を、最もリアルに理解することのできたものの一人は、社会の下づみで、現実にさらされて来たマリアであったのは当然だった。イエスとマリアとの間には、花の香とそのかおりを吹きおくるそよ風のように微妙な・・・ 宮本百合子 「傷だらけの足」
・・・だが、それに対して、いつの時代にも生存した特別に心情の活溌なある種の人々は、皮肉に人生のありのままを感じ観察していて、例えばイタリーのボッカチオという詩人は坊主くさくかためた天国地獄の絵図を、きわめてリアルに機智的に諷刺し、破壊しようとして・・・ 宮本百合子 「幸福の感覚」
・・・そして、社会主義的リアリズムは、世界観などをとやかくいわないで、作家が作家としてリアルにこの社会現実さえ描けば、現実そのものが歴史を語るのだという主張のように説明された。バルザックは王権主義者であったにもかかわらず、彼の作品は当時のフランス・・・ 宮本百合子 「作家の経験」
・・・どういう本質のものであったか、それは後に至ってどこまでひどく非人道なものになったかということについて、にらみを利かせて、三吉の実感をじーっとそこへすえて描いてゆけば、表現のおだやかさはそのまま恐ろしいリアルな感銘をもって来る。三吉の実感と経・・・ 宮本百合子 「小説と現実」
・・・『人民文庫』による、武田麟太郎は、西鶴が市井生活のリアルな描写をとおして十八世紀日本の所謂元禄時代の姿を今日にまざまざと伝えていることに倣って、現代の市井のあれこれの営みの姿を描き、市井の「現実にまびれ」て生きることでその中から観念の戯画で・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・ 女性が女性として語ろうとしている本が消化されるのは、女性が置かれている新しい社会的な境遇について、自分たちにあるあれこれの問題について知りたい、自分たちの生活に問題があることを肯定してリアルに語る言葉にふれてみたいという願望からである・・・ 宮本百合子 「女性の書く本」
・・・自身の出血に耐えながら人類の正義と解放のためにその社会主義祖国を防衛することで、同時にフランスとドイツの人民的自由を、アメリカとイギリスの進歩的な良識を、防衛し解放する実行者、そのリアルな語りて、平和のための不屈なたたかいてとして、ソヴェト・・・ 宮本百合子 「政治と作家の現実」
・・・その意味でリアルな題であるとも云える。著者の社会的判断の志向の責任もおのずから含まれているのである。「学生の生態」という題は、これに比べて濡れたガラスの面にさわるような感触を与える。外囲の或る条件のもとに自然物としての生物は変化する、そ・・・ 宮本百合子 「生態の流行」
・・・は、立体的にリアルに今日の動きの諸条件と方向とを説明している。 この頃はヒトラーの「我が闘争」が一種の流行本となって、英雄崇拝的文化の感情を満足させているらしいけれども、あらゆる時代、何事かを為す一個の人の力は、実に複雑な歴史の動きに内・・・ 宮本百合子 「世代の価値」
・・・雁金がリアリズムの見地でリアルであるかないかは、彼にとって問題でなく、作者が自分の主張の代人である久内を自由人として鋳出すに必要なワキ役のタイプとしていかす必要にだけ腹をすえて、雁金も山下も、妻、初子すべてを扱っている。長篇「紋章」の終りに・・・ 宮本百合子 「一九三四年度におけるブルジョア文学の動向」
出典:青空文庫