・・・また人の口にし耳にするを好まざる所のものなれば、ややもすれば不知不識の際にその習俗を成しやすく、一世を過ぎ二世を経るのその間には、習俗遂にあたかもその時代の人の性となり、また挽回すべからざるに至るべし。往古、我が王朝の次第に衰勢に傾きたるも・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・けだし芭蕉は感情的に全く理想美を解せざりしにはあらずして、理窟に考えて理想は美にあらずと断定せしや必せり。一世に知られずして始終逆境に立ちながら、竪固なる意思に制せられて謹厳に身を修めたる彼が境遇は、かりそめにも嘘をつかじとて文学にも理想を・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・今日ごく手近な出版年鑑を開いて、明治初年から四分の一世紀間に亙るところを見ると、実に新聞発行の盛なのと、執筆者たちが刑罰をくって、罰金、禁獄に処せられていることのおびただしいのは誰しもびっくりするであろうと思う。それらの罪名は、殆どことごと・・・ 宮本百合子 「文学における今日の日本的なるもの」
・・・と云って、夫婦は二世、親子は一世と当時の社会を支配したものの便宜のために組立てられていた親子の愛の限界は、既に、どんな人間でも子の可愛くないものはないという一般常識にまで柵を破られて来ているのである。 更に文学は、この一般人間的感情の上・・・ 宮本百合子 「夜叉のなげき」
出典:青空文庫