・・・力ない病人の呼吸は一息ごとに弱って行って、顔は刻々に死相を現わし来たるのを、一同涙の目に見つめたまま、誰一人口を利く者もない。一座は化石したようにしんとしてしまって、鼻を去む音と、雇い婆が忍びやかに題目を称える声ばかり。 やがてかすかに・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ 大勢の見物もみんな顔色を失って、誰一人口を利く者がないのです。 爺さんは泣きながら、手や足や胴中を集めて、それを箱の中へ収いました。そして、最後に、子供の頭をその中へ入れました。それから、見物の方を向くと、こう言いました。「こ・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・ 一人口が殖えると、又なかなかだねえ。 それにしても、あんまり早すぎるじゃあないかい。と、いやあな顔をして云ったのが、今でもお君の眼先にチラツイて、それを思い出す度んびに、何とも云えない気持になって涙がこぼれた。 冷え込・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 私の見なれない着物の着振り、歩きつきに子供等は余程変な気持になったと見えて、誰一人口を利くものがなくて、只じろじろと私ばかりを見て居る。 それをわきで見ながら婆さんは、「ひよろしがって居ますんだ。と云う。 私は・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫