・・・やがて一団の白い体がぽいと留り木の上を抜け出した。と思うと奇麗な足の爪が半分ほど餌壺の縁から後へ出た。小指を掛けてもすぐ引っ繰り返りそうな餌壺は釣鐘のように静かである。さすがに文鳥は軽いものだ。何だか淡雪の精のような気がした。 文鳥はつ・・・ 夏目漱石 「文鳥」
・・・だから国家を標準とする以上、国家を一団と見る以上、よほど低級な道徳に甘んじて平気でいなければならないのに、個人主義の基礎から考えると、それが大変高くなって来るのですから考えなければなりません。だから国家の平穏な時には、徳義心の高い個人主義に・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・久しぶりにて遇った人もあるらしい。一団の人々がここかしこに卓を囲んで何だか話し合っていた。やがて宴が始まってデザート・コースに入るや、停年教授の前に坐っていた一教授が立って、明晰なる口調で慰労の辞を述べた。停年教授はと見ていると、彼は見掛に・・・ 西田幾多郎 「或教授の退職の辞」
・・・たとえば在昔は、君臣の団結、国中三百所に相分れたる者が、今は一団の君臣となりたれば、忠義の風も少しく趣を変じて、古風の忠は今日に適せず。 在昔は三百藩外に国あるを知らずして、ただ藩と藩との間に藩権を争いしものも、今日は全国あたかも一大藩・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・その右の方から、さっきの音がはっきり聞え、左の方からもう一団り、白いほこりがこっちの方へやって来る。ほこりの中から、チラチラ馬の足が光った。 間もなくそれは近づいたのだ。ペムペルとネリとは、手をにぎり合って、息をこらしてそれを見た。・・・ 宮沢賢治 「黄いろのトマト」
・・・ 石段の上下にあふれている見物の群衆は一斉に賑やかな行進曲の聞える上手の一団を眺めた。 近づいて見ると―― ハッハッハア。これは愉快だ。張り物である。 ウンとふとってとび出た腹に金ぐさりをまきつけて、シルク・ハットをかぶった・・・ 宮本百合子 「インターナショナルとともに」
・・・ベルリンには、ヘーゲル哲学の進歩的な面をとりあげて、その弁証法的な方法を発展させようとする若い哲学者の一団があった。ヘーゲル左党と呼ばれたこの一団は、ドクトル・クラブを組織していて、十九歳のマルクスはこのグループに入った。ドクトル・クラブは・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・ドレスデンではルイザの父オーストリア皇帝、プロシャ皇帝、同盟国の最高君主が一団となって、百十万余人の軍隊と共に彼ら二人の到着を出迎えた。 この古今未曾有の荘厳な大歓迎は、それは丁度、コルシカの平民ナポレオン・ボナパルトの腹の田虫を見た一・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・ 時々彼は空腹な彼らの一団に包まれたままこっそりと肉飯屋へ入った。そこの調理場では、皮をひき剥かれた豚と牛の頭が眠った支那人の首のように転んでいた。職工達は狭い机の前にずらりと連んで黙っていた。だが、盛り飯の廻りが遅れると彼らは箸で茶碗・・・ 横光利一 「街の底」
・・・誰が命令するというでもないのに、一団の人々は有機体のように完全に協力と分業とで仕事を実現して行く。 私は息を詰めてこの光景を見まもった。海の力と戦う人間の姿。……集中と純一とが最も具体的な形に現われている。……力の充実……隙間のない活動・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫