・・・それが近代科学の基礎として採用され運用されるようになって以来いっそうの検討と洗練を加えられて、今日では昔の人の思い及ばなかったような複雑でしかも整然と排列された一大系統を成している。もっともそういう方法は普通の科学の教科書には、あらわにはど・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・人のはいらないような茂みの中には美しいフェアリーや滑稽なゴブリンの一大王国があったのである。後年「夏夜の夢」を観たり「フォーヌの午後」を聞いたりするたびに自分は必ずこの南国の城山の茂みの中の昆虫の王国を想いだした。しかし暑いことも無類であっ・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・わがままで不精な彼にとって年賀状というものが年の瀬に横たわる一大暗礁のごとく呪わしきものに思われて来たのだそうである。「同じ文句を印刷したものを相互に交換するのであるから、結局始めから交換しないでも同じ事である。ただ相違のある点は国民何・・・ 寺田寅彦 「年賀状」
・・・教育宗教学芸産業軍事その他ありとあらゆる方面にわたる現実の正確な知識を与え、一般の輿望に基づいて各当局の手の回らぬところを研究し補助して国家社会のあらゆる機関の円滑な融合を計るがために、こういう特別な一大組織を設けるという事は、むしろ一国の・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
・・・質的に間違った仮定の上に量的には正しい考究をいくら積み上げても科学の進歩には反古紙しか貢献しないが、質的に新しいものの把握は量的に誤っていても科学の歩みに一大飛躍を与えるのである。ダイアモンドを掘り出せば加工はあとから出来るが、ガラスはみが・・・ 寺田寅彦 「量的と質的と統計的と」
・・・二十年の歓楽から急転し彼は備さに其哀愁を味わねばならなくなった。一大惨劇は相尋いで起った。六 夜毎に月の出は遅くなった。太十は精神の疲労から其夜うとうととなった。悪戯な村の若い衆が四五人其頃の闇を幸に太十の西瓜を盗もうと謀っ・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・その根性が取も直さず活力節約の工夫となって開化なるものの一大原動力を構成するのであります。 かく消極的に活力を節約しようとする奮闘に対して一方ではまた積極的に活力を任意随所に消耗しようという精神がまた開化の一半を組み立てている。その発現・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・見る間に三万坪に余る過去の一大磁石は現世に浮游するこの小鉄屑を吸収しおわった。門を入って振り返ったとき、憂の国に行かんとするものはこの門を潜れ。永劫の呵責に遭わんとするものはこの門をくぐれ。迷惑の人と伍せんとするものはこの門・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・我輩は右の話を聞て余処の事とは思わず、新日本の一大汚点を摘発せられて慚愧恰も市朝に鞭たるゝが如し。条約改正、内地雑居も僅に数箇月の内に在り、尚お此まゝにして国の体面を維持せんとするか、其厚顔唯驚く可きのみ。抑も東洋西洋等しく人間世界なるに、・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ 中津の旧藩にて、上下の士族が互に婚姻の好を通ぜざりしは、藩士社会の一大欠典にして、その弊害はほとんど人心の底に根拠して動かすべからざるもののごとし。今日に至ては稀に上下相婚する者もなきに非ざれども、今後ますますこの路を開くべきの勢を見・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
出典:青空文庫