・・・――私は、通りすがりに一寸見、それが誰だか一目で見分ける。平賀だ。大観音の先のブリキ屋の人である。 玄関の傍には、標本室の窓を掠めて、屋根をさしかけるように大きな桜か、松かの樹が生えている。――去年や一昨年学校を卒業なさった方に、これが・・・ 宮本百合子 「思い出すかずかず」
・・・ハダカ電燈のつり下ったせまい台の上に立て鏡だの大きなはけの見える化粧箱がおかれていて一寸見には楽屋かと思える場所で、若い娘が手紙をかいている画である。リボンで髪をむすんだ娘が手紙をかいている横に女クツの片方がころがっている。そして左手に、そ・・・ 宮本百合子 「さしえ」
・・・随分気をつけて広告は見るが、青山には、一寸見当らない。案外よいのかもしれないと、家を探す者独特の、期待、空想を抱いて行ったのである。 電車の中でも、口を開くと、自ら家のことになる。 家主だと云う質屋を、角の交番の巡査に訊いてAが入っ・・・ 宮本百合子 「又、家」
出典:青空文庫