・・・(忰と父親が寄ろうとしますと、変な声を出して、 寄らっしゃるな、しばらく人間とは交らぬ、と払い退けるようにしてそれから一式の恩返しだといって、その時、饅頭の餡の製し方を教えて、屋根からまた行方が解らなくなったと申しますが、それからは・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ 時節もので、めりやすの襯衣、めちゃめちゃの大安売、ふらんねる切地の見切物、浜から輸出品の羽二重の手巾、棄直段というのもあり、外套、まんと、古洋服、どれも一式の店さえ八九ヶ所。続いて多い、古道具屋は、あり来りで。近頃古靴を売る事は……長・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・されども渠はその職掌を堅守するため、自家が確定せし平時における一式の法則あり。交番を出でて幾曲がりの道を巡り、再び駐在所に帰るまで、歩数約三万八千九百六十二と。情のために道を迂回し、あるいは疾走し、緩歩し、立停するは、職務に尽くすべき責任に・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・将軍家大奥の台一式の御用を勤めるお台屋の株を買って立派な旦那衆となっていた。天保の饑饉年にも、普通の平民は余分の米を蓄える事が許されないで箪笥に米を入れて秘したもんだが、淡島屋だけは幕府のお台を作る糊の原料という名目で大びらに米俵を積んで置・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・上がり口の四畳半が玄関なり茶の間なり長火鉢これに伴なう一式が並べてある。隣が八畳、これが座敷、このほかには台所のそばに薄暗い三畳があるばかり。南向きの縁先一間半ばかりの細長い庭には棚を造り、翁の楽しみの鉢物が並べてある。手狭であるが全体がよ・・・ 国木田独歩 「二老人」
・・・その前日、新宿の百貨店へ行って結納のおきまりの品々一式を買い求め、帰りに本屋へ立寄って礼法全書を覗いて、結納の礼式、口上などを調べて、さて、当日は袴をはき、紋附羽織と白足袋は風呂敷に包んで持って家を出た。小坂家の玄関に於いて颯っと羽織を着換・・・ 太宰治 「佳日」
・・・が、平生どの角度に見ても尋常一式なあの男が、いつのまに女から手紙などをもらってすまし返っているのだろうと考えると、あたりまえすぎるふだんの重吉と、色男として別に通用する特製の重吉との矛盾がすこぶるこっけいに見えた。したがって自分はどっちの感・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・その荒物屋というのは、ばけもの歯みがきや、ばけもの楊子や、手拭やずぼん、前掛などまで、すべてばけもの用具一式を売っているのでした。 フクジロがよちよちはいって行きますと、荒物屋のおかみさんは、怖がって逃げようとしました。おかみさんだって・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・ いろんな国の品物のいろいろな面白さのよろこびで一つ二つのものが、家のあちこちにひょい、ひょいとあるのは自然にうけられるけれど、家具調度一式琉球とか朝鮮とかいうところのもので埋める趣味があるとすれば、その一つ一つがもっている美しさとは、・・・ 宮本百合子 「生活のなかにある美について」
・・・「襖紙一式」等各建築関係専門店の名と所書きが並べられている。これは余程古いものであろうと好奇心に動かされて見てゆくと、方眼紙の第一頁に一九〇七年十月三十一日と英語で日附、「横浜倉庫」という見出しの下に、 └──────┘└───┘・・・ 宮本百合子 「父の手帳」
出典:青空文庫