・・・運命はある真昼の午後、この平々凡々たる家庭生活の単調を一撃のもとにうち砕いた。三菱会社員忍野半三郎は脳溢血のために頓死したのである。 半三郎はやはりその午後にも東単牌楼の社の机にせっせと書類を調べていた。机を向かい合わせた同僚にも格別異・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・ 強弱 強者とは敵を恐れぬ代りに友人を恐れるものである。一撃に敵を打ち倒すことには何の痛痒も感じない代りに、知らず識らず友人を傷つけることには児女に似た恐怖を感ずるものである。 弱者とは友人を恐れぬ代りに、敵を恐れる・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・匝れば匝られるものを、恐しさに度を失って、刺々の枝の中へ片足踏込で躁って藻掻いているところを、ヤッと一撃に銃を叩落して、やたら突に銃劔をグサと突刺すと、獣の吼るでもない唸るでもない変な声を出すのを聞捨にして駈出す。味方はワッワッと鬨を作って・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・して富岡先生は常に猛烈に常に富岡氏を圧服するに慣れている、その結果として富岡氏が希望し承認し或は飛びつきたい程に望んでいることでも、あの執拗れた焦熬している富岡先生の御機嫌に少しでも触ろうものなら直ぐ一撃のもとに破壊されて了う。この辺のとこ・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・×日正午すぎ×区×町×番地×商、何某さんは自宅六畳間で次男何某君の頭を薪割で一撃して殺害、自分はハサミで喉を突いたが死に切れず附近の医院に収容したが危篤、同家では最近二女某さんに養子を迎えたが、次男が唖の上に少し頭が悪いので娘可愛さから思い・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・ こんな工合に女から手ひどい一撃をくらった経験は、もう私にはかずかぎりも無くございますが、その中でも、いまだに忘れ得ぬ恥辱の思い出だけを申し述べるとしても、それだけでも、たっぷり一箇月の連続講演を必要とするほど、それほどおびただしい・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・と猛然一撃、たちまち、三人を殴り倒し、残る者のひるむ隙に、さっさと走って峠を下った。一気に峠を駈け降りたが、流石に疲労し、折から午後の灼熱の太陽がまともに、かっと照って来て、メロスは幾度となく眩暈を感じ、これではならぬ、と気を取り直しては、・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・ 最初の出合いで電光のごときベーアの一撃にカルネラの巨躯がよろめいた。しかし第三回あたりからは、自分の予想に反して、ベーアはだいたいにおいて常に守勢を維持してばかりいるように見えた。カルネラはこれに対して不断に攻勢を取って、単調な攻撃を・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・鴉が下りて来て牛の脊中の赤い紙を牛肉と思ってつつくと、牛は蠅でも追う気でぴしゃりと尻尾ではたく、すると摺粉木の一撃で鴉が脆くも撲殺されるというのである。 これらの話は、柳家小さんの落語のごとく、クライスラーのクロイツェルソナタのごとく実・・・ 寺田寅彦 「重兵衛さんの一家」
・・・山の両側から掘って行くトンネルがだんだん互いに近づいて最後のつるはしの一撃でぽこりと相通ずるような日がいつ来るか全く見当がつかない。あるいはそういう日は来ないかもしれない。しかし科学者の多くはそれを目あてに不休の努力を続けている。もしそれが・・・ 寺田寅彦 「春六題」
出典:青空文庫