・・・――それを丁度扇の要に当る所に一段と高い台があって、其処に看守が陣取り、皆を一眼に見下している。 俺だちの関係で入ったものは、運動の時まで独りにされる。ゴッホの有名な、皆が輪になって歩き廻わっている「囚人運動」は、泥棒か人殺連中の囚人運・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・ 二 高台になっている公園からは街が一眼に見えた。一番賑やかな明るい通りの上の空が光を反射していた。龍介は街に下りる道を歩きながら、 ――俺はいったい何がしたいんだろう、と考えた。しかし分らなかった。分らない? ・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・ちらっと豚を一眼見て、手を振りながら助手に云う。「いけないいけない。君はなぜ、僕の云った通りしなかった。」「いいえ、窓もすっかり明けましたし、キャベジのいいのもやりました。運動も毎日叮寧に、十五分ずつやらしています。」「そうかね・・・ 宮沢賢治 「フランドン農学校の豚」
・・・ 只一眼その姿を見てそそられる様な清い愛情の湧く姿も声も神からさずからなかった。 誰れにも似て居ない赤坊を見た時二親なり同胞のものが変な感じにおそわれるのは自然な事である。 生れた児には何のつみもない。只不幸な偶然な出来事に会っ・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・始めて一眼見た時は、ただそれだけの色である。 けれ共、その、まばゆい色になれてなおよくその山々を見つめると、雲の厚味により、山自身の凹凸により、又は山々の重なり工合によってその一部分一部分の細かい色が一つとして同じのは無いのを見出すので・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・しかし諸君の前に一人の黒人が現われたとする。一眼見れば直ちにその黒人である事がわかるだろう。デュウゼは黒人である。 また足をもって名画をかくラファエロが現われたとする。足を手と同じように使う点においては彼は古今独歩である。しかしその名声・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
出典:青空文庫