・・・ピカソも、マチスも見方によっては一笑に付されることを実行している。私の、この頃描いた絵は実行でなく申し訳であったと思います。ぼくは長い長い手紙をかきたかったのだ。一分のスキもない手紙など『手紙が仲々出来ない』といったりしたことを千家君は誤解・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・けれども、一夜、転輾、わが胸の奥底ふかく秘め置きし、かの、それでもやっと一つ残し得たかなしい自矜、若きいのち破るとも孤城、まもり抜きますとバイロン卿に誓った掟、苦しき手錠、重い鉄鎖、いま豁然一笑、投げ捨てた。豚に真珠、豚に真珠、未来永劫、ほ・・・ 太宰治 「創生記」
・・・ 尚、ここに名を録すにも価せぬ……のその閨に於ける鼻たかだかの手柄話に就いては、私、一笑し去りて、余は、われより年若き、骨たくましきものに、世界歴史はじまりて、このかた、一筋に高く潔く直く燃えつぎたるこの光栄の炬火を手渡す。心すべきは、・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・と言って嫣然一笑した。そうして再びエンジンの爆音を立てて威勢よく軽井沢のほうへ走り去ったのであった。 九月初旬三度目に行ったときには宿の池にやっと二三羽の鶺鴒が見られた。去年のような大群はもう来ないらしい。ことしはあひるのコロニーが・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・もちろん玄人筋の考証家には一笑の値もないものであろう。 三弦、三線、三皮前、三びせんなどいろいろの名がある。『嬉遊笑覧』や『松屋三絃考』を見ただけでもたくさんな文献が並べ立ててあるが、いっこうに要領を得難い。永禄あるいは文禄年間に琉球か・・・ 寺田寅彦 「日本楽器の名称」
・・・それを私に伝えた日本の理学者は世にも滑稽なる一笑話として、それを伝えたのである。 なるほどおかしいことはおかしいが、しかし、この話は「俳句とは何か」という根本的な問題を考える場合に一つの参考資料として役立つものであろうと思われる。すなわ・・・ 寺田寅彦 「俳諧瑣談」
・・・という意味の言葉に似ており、もう一つ脱線すると源頼光の音読がヘラクレースとどこか似通ってたり、もちろん暗合として一笑に付すればそれまでであるが、さればと言って暗合であるという科学的証明もむつかしいような事例はいくらでもある。ともかくも世・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
・・・同じ店に雇われていたものの中で、初め夜烏子について俳句のつくり方を学び、数年にして忽門戸を張り、俳句雑誌を刊行するようになった人があったが、夜烏子はこれを見て唯一笑するばかりで、その人から句を請われる時は快くこれを与えながら、更に報酬を受け・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・然るを如何なる用事あるも文を通わす可らずとは、我輩は之を女子の教訓と認めず、天下の奇談として一笑に附し去るのみ。一 身の荘も衣裳の染色模様抔も目にたゝぬ様にすべし。身と衣服との穢ずして潔なるはよし。勝て清を尽し人の目に立つ程なる・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・自己を保護せずしてかえって自己を棄てたる俗世俗人に対してすら、彼は時に一、二の罵詈を加うることなきにしもあらねど、多くはこれを一笑に付し去りて必ずしも争わざるがごとし。「独楽」の中にたのしみは木芽にやして大きなる饅頭を一つほほばりし・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
出典:青空文庫