・・・それほど私は賑な下座の囃しと桜の釣枝との世界にいながら、心は全然そう云うものと没交渉な、忌わしい色彩を帯びた想像に苦しめられていたのです。ですから中幕がすむと間もなく、あの二人の女連れが向うの桟敷にいなくなった時、私は実際肩が抜けたようなほ・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・欣弥、不器用に慌しく座蒲団を直して、下座に来り、無理に白糸を上座に直し、膝を正し、きちんと手をつく。欣弥 一別以来、三年、一千有余日、欣弥、身体、髪膚、食あり生命あるも、一にもって、貴女の御恩……白糸 (耳にも入撫子 (・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・ 太鼓を叩く前座の坊主とは帰り道がちがうので、わたくしは毎夜下座の三味線をひく十六、七の娘――名は忘れてしまったが、立花家橘之助の弟子で、家は佐竹ッ原だという――いつもこの娘と連立って安宅蔵の通を一ツ目に出て、両国橋をわたり、和泉橋際で・・・ 永井荷風 「雪の日」
・・・(第一おら、下座だちゅうはずぁあんまい、ふん、お椀のふぢぁ欠げでる、油煙はばやばや、さがなの眼玉は白くてぎろぎろ、誰っても盃よごさないえい糞とうとう小吉がぷっと座を立ちました。 平右衛門が、「待て、待て、小吉。もう一杯やれ、待てった・・・ 宮沢賢治 「とっこべとら子」
・・・ 先だって三綱橋のお祝いのときにも、佐渡の御隠居があんなにわいわい云ったって、やはり寄附金が少なかったから、見たことか、ああやって私よりは下座へ据えられて、夜のお振舞いにだって呼ばれはしない。 町会議員を息子に持っていると威張ったと・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・諸君と私とを一しょに集めて、小学校のクラスの座順のように並ばせて、私に下座に座ってお辞儀をしろと云うことなら、私は平気でお辞儀をするでしょう。そしてそれは批評家の嫌う石田少介流とかの、何でもじいっと堪えているなんぞと云うのではありません。本・・・ 森鴎外 「Resignation の説」
出典:青空文庫