・・・ある時いた下男などはたんねんに繩切れでわなを作って生けがきのぬけ穴に仕掛け、何匹かの野猫を絞殺したりした。甥のあるものは祖先伝来の槍をふり回して猫を突くと言って暗やみにしゃがんでいた事もあった。猫の鳴き声を聞くと同時に槍をほうり出しておいて・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・ 下女下男を多く召使うとも、婦人たる者は万事自から勤め、舅姑の為めに衣を縫い食を調え、夫に仕えて衣を畳み席を掃き、子を育て汚を洗い、常に家の内に居て猥りに外に出ず可らずと言う。婦人多忙なりと言う可し。果して一人の力に叶う事か叶わ・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・又台所の世帯万端、固より女子の知る可き事なれば、仮令い下女下男数多召使う身分にても、飯の炊きようは勿論、料理献立、塩噌の始末に至るまでも、事細に心得置く可し。自分親から手を下さゞるにもせよ、一家の世帯は夢中に持てぬものなれば、娘の時より之に・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・いまおれのとこのちょうざめの家に下男がなくて困っているとこだ。ごち走してやるから来い。」云ったかと思うとタネリはもうしっかり犬神に両足をつかまれてちょぼんと立ち、陸地はずんずんうしろの方へ行ってしまって自分は青いくらい波の上を走って行くので・・・ 宮沢賢治 「サガレンと八月」
・・・ そして朝になると、顔のまっ赤な下男が来て見て、「またはいらない。ねずみももう知ってるんだな。ねずみの学校で教えるんだな。しかしまあもう一日だけかけてみよう。」と言いながら、新しいえさととりかえるのでした。 今夜も、ねずみ捕りは・・・ 宮沢賢治 「ツェねずみ」
・・・一番、小作をさせないのが良いのだろうけれ共、資産のない、他人の田を働いて生活して居る者は、それを取りあげられたら、この上なくひどい目に会う事になるからこまるし、又地主にした処で小作をさせなければ、家に下男を置いて作らせなければならない。それ・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ゴーリキイには「主人が下男に対し、酒場の給仕に対するような粗暴さのある無関心なもののように思われた。が、彼自身はそれに気がついていなかった。」客達を送り出しておいてから彼はよくゴーリキイを泊らせた。ゴーリキイとデレンコフとは「部屋を掃除し、・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・主人は少年の彼を女中代り、下男代りにこき使い、おまけに二人の炊事女がこれ又自分達の下働きとして追い廻す。ゴーリキイは後年当時を回想してこう書いている。「私は多く労働した。殆どぼんやりしてしまうまで働いた」と。 この境遇に一年辛抱したが、・・・ 宮本百合子 「逝けるマクシム・ゴーリキイ」
・・・ 長倉のご新造が川添の門を出て、道の二三丁も来たかと思うとき、あとから川添に使われている下男の音吉が駆けて来た。急に話したいことがあるから、ご苦労ながら引き返してもらいたいという口上を持って来たのである。 長倉のご新造は意外の思いを・・・ 森鴎外 「安井夫人」
・・・ところへ外からおとずれたのは居残っていた懶惰者、不忠者の下男だ。「誰やらん見知らぬ武士が、ただ一人従者をもつれず、この家に申すことあるとて来ておじゃる。いかに呼び入れ候うか」「武士とや。打揃は」「道服に一腰ざし。むくつけい暴男で・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫