・・・どうも昨夜から、ひどい下痢をして困ってるんです」 ほんとうのことを言った。「あ、そら、いかん。そら、済まんことした。竹の皮の黒焼きを煎じて飲みなはれ。下痢にはもってこいでっせ」 男は狼狽して言った。 汽車が動きだした。「・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・特に執拗な下痢に悩まされた。「此の法門申し候事すでに二十九年なり。日々の論議、月々の難、両度の流罪に身疲れ、心いたみ候ひし故にや、此の七八年が間、年々に衰病起り候ひつれども、なのめにて候ひつるが、今年は正月より其の気分出来して、既に一期・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・胃を悪るくする者、下痢する者など方々で悲鳴をあげた。発育ざかりの私の二人の子供は、一日一升五合くらいの飯を平らげてまだなにかほしそうな顔をしているのだが、外米の入った飯になると、かわいそうなほど急に、いつもの半分くらいしか食わなくなって悄げ・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・けれどもちょっと下痢をしただけで失敗さ、とそのことを後で青井が頬あからめて話すのを聞き、小早川は、そのインテリ臭い遊戯をこのうえなく不愉快に感じたが、しかし、それほどまでに思いつめた青井の心が、少からず彼の胸を打ったのも事実であった。「・・・ 太宰治 「葉」
・・・そうして、牛乳やいわゆるソップがどうにも臭くって飲めず、飲めばきっと嘔吐したり下痢したりするという古風な趣味の人の多かったころであった。もっともそのころでもモダーンなハイカラな人もたくさんあって、たとえば当時通学していた番町小学校の同級生の・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
・・・先生は汚らしい桶の蓋を静に取って、下痢した人糞のような色を呈した海鼠の腸をば、杉箸の先ですくい上げると長く糸のようにつながって、なかなか切れないのを、気長に幾度となくすくっては落し、落してはまたすくい上げて、丁度好加減の長さになるのを待って・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・ 下痢かなんかだろう。 安岡はそう思って、眠りを求めたが眠りは深谷が連れて出でもしたように、その部屋の空気から消えてしまった。 おそらく、二時間、あるいは三時間もたってから深谷は、すき間から忍び入る風のように、ドアを開けて帰って・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・この夜また検疫官が来て、下痢症のものは悉く上陸させるというので同行者中にも一人上った者があった。自分も上陸したくてたまらんので同行の人が周旋してくれたが検疫官はどうしても許さぬ。自分の病気の軽くない事は認めて居るが下痢症でない者を上陸させろ・・・ 正岡子規 「病」
・・・糖尿が悪化すると下痢をつづけてそのまま昏睡してしまいになることがあり、万一スエ子がその初りでは大変ということであったのだそうです。いい塩梅に糖も減っている由です。つやつやして、よく眠った顔をして「お姉様どうした?」と入って来た。これで一〔中・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・○隣の大工仕事、 こわした家、新しく建てる家 六月二十五日から林町に来る スーラーブ進む 七月七日 妙に寒い日 腸をこわす、下痢疲れ。仕事出来ず 七月八日 朝食堂にゆく 有島氏の死 四十六・・・ 宮本百合子 「「伸子」創作メモ(二)」
出典:青空文庫