・・・ても許しがたい事だし、自分の物だからといって多年辛苦を侶にした社員をスッポかして、タダの奉公人でも追出すような了簡で葉書一枚で解職を通知したぎりで冷ましているというは天下の国士を任ずる沼南にあるまじき不信であるというので、葉書一枚で馘首され・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・、其人はキリストが再び世に臨り給う時に彼と共に地を嗣ぐことを得べければ也とのことである、地も亦神の有である、是れ今日の如くに永久に神の敵に委ねらるべき者ではない、神は其子を以て人類を審判き給う時に地を不信者の手より奪還して之を己を愛する者に・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・しかし僕らはもう左翼にも右翼にも随いて行けず、思想とか体系とかいったものに不信――もっとも消極的な不信だが、とにかく不信を示した。といって極度の不安状態にも陥らず、何だか悟ったような悟らないような、若いのか年寄りなのか解らぬような曖眛な表情・・・ 織田作之助 「世相」
・・・おまえは、稀代の不信の人間、まさしく王の思う壺だぞ、と自分を叱ってみるのだが、全身萎えて、もはや芋虫ほどにも前進かなわぬ。路傍の草原にごろりと寝ころがった。身体疲労すれば、精神も共にやられる。もう、どうでもいいという、勇者に不似合いな不貞腐・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・ ゆえに本書の如きは民間一個人の著書にして、その信不信をばまったく天下の公論に任じ、各人自発の信心をもってこれを読ましむるは、なお可なりといえども、いやしくも政府の撰に係るものを定めて教科書となし、官立・公立の中学校・師範学校等に用うる・・・ 福沢諭吉 「読倫理教科書」
・・・文学として表現されたとき、真の人間不信はあり得ないと思う。なぜなら既に表現するということが、理解を予想しているのだから。 わたしの心理に近代的コンプレックスが見られないということが、あき足りなさとしてしばしば云われる。或いはいくらか嘲弄・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
・・・また一般的にはそのころの『近代文学』が主張していた個人の自我の確立の提唱と民主主義にさえも示される政治不信の気分を、正常な社会と文学の関係への認識におき直す仕事があった。したがって、この時期、文学と政治の問題は、十数年以前の昔にさえさかのぼ・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・一般の不信と疑問はこの委員選出法に集中されている。なぜならば、我々は現在の政府が一般の信頼をかちえない人物を網羅していて政府閣僚は最近の新聞に報道されるどっさりの不正利得に関する事件および涜職事件に関係のない者はいないほどの有様である。現閣・・・ 宮本百合子 「今日の日本の文化問題」
・・・そして、まだしっかりと民主化していない日本の多くの心、受け身に政治への不信を抱いている一般の感情にいつとはなし作用して、反民主的な諸傾向を逆に民主的なものとしてのみ込む習慣をつけようと企てられはじめた。 すべての職場のひとは、組合の民主・・・ 宮本百合子 「三年たった今日」
・・・この作家が、頽廃の中にさえヒューマニズムをみようといいながら、描写への疑問の理由を、「客観的共感性への不信」に置いていることも私たちの注意を惹くところである。形式を文学の内容の特殊なモメントとして観察する場合、高見順によって始められたこの説・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
出典:青空文庫