・・・酒を呑むにしても、不当の利益をむさぼっているのをこの眼でたしかにいままで見て来た彼の家の酒を口にすることは御免であった。もしあやまって呑みくだした場合にはすぐさま喉へ手をつっこみ無理にもそれを吐きだした。来る日も来る日も次郎兵衛は三島のまち・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・これは、たしかに不当なる処置であった。入江の家を語るのに、その祖父、祖母を除外しては、やはり、どうしても不完全のようである。私は、いまはそのお二人に就いても語って置きたいのである。そのまえに一つお断りしなければならない事がある。それは、私の・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・するとベルリン大学に居る屈指の諸大家は、一方アインシュタインをなだめると同時に、連名で新聞へ弁明書を出し、彼に対する攻撃の不当な事を正し、彼の科学的貢献の偉大な事を保証した。またアインシュタインは進まなかったらしいのを、すすめて自身の弁明書・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・しかし幾十百億年後の人間の言語が全部数学式の連続に似たものになりはしないかという空想をほんの少しばかりデヴェロープして考えてみると、この譬喩が必ずしも不当でない事がわかるかと思う。 言語はわれわれの話をするための道具であるが、またむしろ・・・ 寺田寅彦 「数学と語学」
・・・その災禍を起こさせたもとの起こりは天然に反抗する人間の細工であると言っても不当ではないはずである、災害の運動エネルギーとなるべき位置エネルギーを蓄積させ、いやが上にも災害を大きくするように努力しているものはたれあろう文明人そのものなのである・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・そうして人類の歴史との比較は全然不当としてしりぞけられるが普通であろうと想像される。しかしこれははたしてそうであるかどうか、よくよく熟考してみなければならないように私には思われる。第一に客観実在と称するものが物理学体系と独立に存在しうるかど・・・ 寺田寅彦 「物理学圏外の物理的現象」
・・・「帯刀の廃止、決闘の禁制が生んだ近代人の特典は、なんらの罰なしに自分の気に入らない人に不当な侮辱を与えうる事である。愚弄に報ゆるに愚弄をもってし、当てこすりに答えるに当てこすりをもってする事のできる場合には用はないが、無言な正義が饒舌な機知・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・ 第三金時丸は、貪慾な後家の金貸婆が不当に儲けたように、しこたま儲けて、その歩みを続けた。 海は、どろどろした青い油のようだった。 風は、地獄からも吹いて来なかった。 デッキでは、セーラーたちが、エンジンでは、ファイヤマンた・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・たとい天稟の才あるも、社会人事の経験に乏しきは、むろんにして、いわば無勘弁の少年と評するも不当に非ざるべし。この少年をして政治・経済の書を読ましむるは危険に非ずや。政治・経済、もとよりその学を非なりというに非ざれども、これを読みて世の安寧を・・・ 福沢諭吉 「経世の学、また講究すべし」
・・・検事が不当な取調べをしたと云う事は公判第一日から五回迄の陳述の中に、ハッキリ述べられています。林弁護人の陳述の中では検事団が三鷹事件の証人を検事側に有利に利用する為には偽証罪をふりかざし、証人呼び出しの不意打ちなどの技術を指導している事実が・・・ 宮本百合子 「今年こそは」
出典:青空文庫