・・・その行動について不満があるとしても、誰か志士としてその動機を疑い得る。諸君、西郷も逆賊であった。しかし今日となって見れば、逆賊でないこと西郷のごとき者があるか。幸徳らも誤って乱臣賊子となった。しかし百年の公論は必ずその事を惜しんで、その志を・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・しかし津田はとにかく三吉が黙っているのは、よくわからぬばかりでなくて、小野の態度が極端なうたぐりと感傷とで、ときにはたわいなくさえみえてくるのが不満だった。たとえば議論の焦点がきまると、それを小野の方から飛躍させられて“そりゃァ、労働者の自・・・ 徳永直 「白い道」
・・・ 押詰められて、じじむさい襟巻した金貸らしい爺が不満らしく横目に睨みかえしたが、真白な女の襟元に、文句はいえず、押し敷かれた古臭い二重廻しの翼を、だいじそうに引取りながら、順送りに席を居ざった。赤いてがらは腰をかけ、両袖と福紗包を膝の上・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・またどこかに不満と不安の念を懐かなければなりません。それをあたかもこの開化が内発的ででもあるかのごとき顔をして得意でいる人のあるのは宜しくない。それはよほどハイカラです、宜しくない。虚偽でもある。軽薄でもある。自分はまだ煙草を喫っても碌に味・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・そうしてその声なり身ぶりなりが自然と安らかに毫も不満を感ぜずに示された型通り旨く合うように練習の結果としてできるではないか。あるいは旧派の芝居を見ても、能の仕草を見ても、ここで足をこのくらい前へ出すとか、また手をこのくらい上へ挙げると一々型・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・組合の中で婦人部と青年部とはよく調和して活動できるけれども、大人の男子組合員とは役員の選出の点でも、議題を出す分量でも、いろいろなことで女の人がまだまだ不満をもった状態におかれているところがある。そして、そういう職場の気分は巧に傭主につかま・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
・・・わたしは正直なところこの御返事の気分に不満なのです。日本の女学校教育は特別なものであったから、共学がはじまってまだほんの僅かしかたたない今日、女子学生が男の学生に比較してあとにいるという事情にも無理もないところがあります。日本の民主化されて・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・松坂以来九郎右衛門の捜索方鍼に対して、稍不満らしい気色を見せながら、つまりは意志の堅固な、機嫌に浮沈のない叔父に威圧せられて、附いて歩いていた宇平が、この時急に活気を生じて、船中で夜の更けるまで話し続けた。 十六日の朝舟は讃岐国丸亀に着・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・ 栖方は一層不満らしく黙っていた。前後を通じて栖方が梶に不満な表情を示したのは、このときだけだった。「そんなところを見せてもらっても、僕には何の益にもならんからね。見たって分らないんだもの。」 これは少し残酷だと梶は思いもした。・・・ 横光利一 「微笑」
・・・初めおとなしく食事を取っていた子供は、何ゆえともわからない不満足のために、だんだん不機嫌になって、とうとうツマラない事を言い立ててぐずり出しました。こういう事になると子供は露骨に意地を張り通します。もちろん私は子供のわがままを何でも押えよう・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫