・・・支那兵は生前、金にも食物にも被服にもめぐまれなかった有様を、栄養不良の皮膚と、ちぎれた、ボロボロの中山服に残して横たわっていた。それを見ると和田は何故とも知れず、ぞくッとした。 一度退却した馬占山の黒龍江軍は、再び逆襲を試みるために、弾・・・ 黒島伝治 「チチハルまで」
・・・ 慶応年間に村で生れた親爺は、一生涯麦飯を食って、栄養不良になることも、早く年を取り、もうろくすることもかまわずに、たゞ、いくらかの土地を自分のものとし、財産を作って、子供に残してやろうと、そればかりを考えていた。 死ぬ前には、親爺・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・先生極真面目な男なので、俳句なぞは薄生意気な不良老年の玩物だと思っており、小説稗史などを読むことは罪悪の如く考えており、徒然草をさえ、余り良いものじゃない、と評したというほどだから、随分退屈な旅だったろうが、それでもまだしも仕合せな事には少・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・ とエンコに出ている不良がひやかした。 よく小説にあるように、俺たちは何時でもむずかしい、深刻な面をして、此処に坐ってばかりいるわけではないのだ。この決してズロースを忘れない娘さんに対する毎日々々の「期待」が、蒸しッ返えしの長い長い・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・博士は、ときどき、思い出しては、にやにや笑い、また、ひとり、ひそかにこっくり首肯して、もっともらしく眉を上げて吃っとなってみたり、あるいは全くの不良青少年のように、ひゅうひゅう下手な口笛をこころみたりなどして歩いているうちに、どしんと、博士・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・私立大学の、予科にかよっているのだが、少し不良で、このあいだも麻雀賭博で警察にやっかいをかけた。あたしの結婚の相手は、ずいぶんまじめな、堅気の人だし、あとあと弟がそのお方に乱暴なことでも仕掛けたら、あたしは生きて居られない。「それは、お・・・ 太宰治 「花燭」
・・・やはり、あなたは都会の人で、そうして少し不良のお坊ちゃんの面影をどこかに持って居られました。けれども私には、それに依って幻滅を感ずるどころか、かえって悲しくなつかしく、清潔なものをさえ感じました。あなたは臆するところ無く遊びます。周囲の思惑・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・新聞記事によると、B猫が不良で夜遊び昼遊びをして困るという飼主夫人の証言。これだけである。このいずれも当面の問題に対しては実に貧弱なデータで、これだけからなんらの確からしい結論も導き出せないことは科学者を待たずとも明白なことである。しかし、・・・ 寺田寅彦 「ある探偵事件」
・・・ 同じ思想が、支那服を着ていてそうして栄養不良の漢学者に手を引かれてよぼよぼ出て来たのではどうしても理解が出来なかったのに、それが背広にオーバー姿で電車の中でひょっくり隣合ってドイツ語で話しかけられたばかりに一遍に友達になってしまったよ・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・ たださえ耳の悪いのが、桟敷の不良な空気を吸って逆上して来たために、猶更聞こえが悪くなったのか、それとも云っている事が、よほど自分の頭に這入りにくい事柄であるせいか、かなり骨を折ったにもかかわらず、これらの演説がどれもよく聞き取れなかっ・・・ 寺田寅彦 「議会の印象」
出典:青空文庫