・・・孕は地名で、高知の海岸に並行する山脈が浦戸湾に中断されたその両側の突端の地とその海峡とを込めた名前である。この現象については、最近に、土佐郷土史の権威として知られた杜山居士寺石正路氏が雑誌「土佐史壇」第十七号に「郷土史断片」その三〇として記・・・ 寺田寅彦 「怪異考」
・・・ 遠くの眺望から眼を転じて、直ぐ真下の街を見下すと、銀座の表通りと並行して、幾筋かの裏町は高さの揃った屋根と屋根との間を真直に貫き走っている。どの家にも必ず付いている物干台が、小な菓子折でも並べたように見え、干してある赤い布や並べた鉢物・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・また清洲橋から東に向い、小名木川と並行して中川を渡る清砂通と称するもの。この二条の新道が深川の町を西から東へと走っている。また南北に通ずる新道にして電車の通らないものが三筋ある。これらの新道はそのいずれを歩いても、道幅が広く、両側の人家は低・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・四木橋からその下流にかけられた小松川橋に至る間に、中川の旧流が二分せられ、その一は放水路に入り、更に西岸の堤防から外に出ているが、その一は堤を異にして放水路と並行して南下しているのに出逢う。 市川の町へ行く汽車の鉄橋を越すと、小松川の橋・・・ 永井荷風 「放水路」
・・・それをこの二面がいつでも偶然平らに並行でもしているかのごとき了見で、全体どっちが高いのですと聞かなければ承知ができないのは痛み入ります。人間と人間、事件と事件が衝突したり、捲き合ったり、ぐるぐる回転したりする時その優劣上下が明かに分るような・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・私は立ち尽したまま、いつまでも交ることのない、併行した考えで頭の中が一杯になっていた。 哀れな人間がここにいる。 哀れな女がそこにいる。 私の眼は据えつけられた二つのプロジェクターのように、その死体に投げつけられて、動かなかった・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・に託して独り学を勉む可しと言うも、女子の身体、男子に異なるものありて、月に心身の自由を妨げらるゝのみならず、妊娠出産に引続き小児の哺乳養育は女子の専任にして、為めに時を失うこと多ければ、学問上に男子と併行す可らざるは自然の約束と言うも可なり・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・もしも強いてこれを一途に出でしめ、今年今月の政治の方向と今年今月の教育の組織とを併行せしめて、教育の即効を今年今月に見んとするときは、その教育は如何様にして何の書を読ましめ何の学芸を授くるも、純然たる政治教育となりて、社会物論の媒介たるべき・・・ 福沢諭吉 「政事と教育と分離すべし」
・・・故に今、婦人の地位を低しというも、男子の地位を引下げて併行するに至らしむれば、男女の権力平等なりというべし。あるいは婦人は今のままにして、男子の地位をして一層の下に就かしむれば、女権特に高しというべし。これ即ち我輩が独り男子を目的にして論鋒・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・(青金で誰か申し上げたのはうちのことですが、何分汚ないし、いろいろ失礼 老人はわずかに腰をまげて道と並行にそのまま谷をさがった。五、六歩行くとそこにすぐ小さな柾屋があった。みちから一間ばかり低くなって蘆をこっちがわに塀のように編・・・ 宮沢賢治 「泉ある家」
出典:青空文庫