・・・「今も似よりの話を二つ三つ聞いて来ましたが、中でも可笑しかったのは、南八丁堀の湊町辺にあった話です。何でも事の起りは、あの界隈の米屋の亭主が、風呂屋で、隣同志の紺屋の職人と喧嘩をしたのですな。どうせ起りは、湯がはねかったとか何とか云う、・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・ですから夫婦仲の好かった事は、元より云うまでもないでしょうが、殊に私が可笑しいと同時に妬ましいような気がしたのは、あれほど冷静な学者肌の三浦が、結婚後は近状を報告する手紙の中でも、ほとんど別人のような快活さを示すようになった事でした。「・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・ ――――――――――――――――――――――――― 修理のこの逆上は、少からず一家中の憂慮する所となった。中でも、これがために最も心を労したのは、家老の前島林右衛門である。 林右衛門は、家老と云っても、実は・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・が、中でもいちばん大部だったのは、樗牛全集の五冊だった。 自分はそのころから非常な濫読家だったから、一週間の休暇の間に、それらの本を手に任せて読み飛ばした。もちろん樗牛全集の一巻、二巻、四巻などは、読みは読んでもむずかしくって、よく理窟・・・ 芥川竜之介 「樗牛の事」
・・・ が、中でも一番面白かったのは、うすい仮綴じの書物が一冊、やはり翼のように表紙を開いて、ふわりと空へ上りましたが、しばらくテエブルの上で輪を描いてから、急に頁をざわつかせると、逆落しに私の膝へさっと下りて来たことです。どうしたのかと思っ・・・ 芥川竜之介 「魔術」
・・・客と、銑吉との間へ入って腰を掛けた、中でも、脊のひょろりと高い、色の白い美童だが、疳の虫のせいであろう、……優しい眉と、細い目の、ぴりぴりと昆虫の触角のごとく絶えず動くのが、何の級に属するか分らない、折って畳んだ、猟銃の赤なめしの袋に包んだ・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ 腹が空くと、電信の針がねに一座ずらりと出て、ぽちぽちぽちと中空高く順に並ぶ。中でも音頭取が、電柱の頂辺に一羽留って、チイと鳴く。これを合図に、一斉にチイと鳴出す。――塀と枇杷の樹の間に当って。で御飯をくれろと、催促をするのである。・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・見た処。中でも、俵のなぞは嬉しいよ。ここに雪形に、もよ、というのは。」「飛んだ、おそまつでございます。」 と白い手と一所に、銚子がしなうように見えて、水色の手絡の円髷が重そうに俯向いた。――嫋かな女だというから、その容子は想像に難く・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・お座敷のウ真中でもウ、お机、卓子台の上エでなりとウ、ただ、こいに遣って、すぅいすぅいと擦りますウばかりイイイ。菜切庖丁、刺身庖丁ウ、向ウへ向ウへとウ、十一二度、十二三度、裏を返しまして、黒い色のウ細い砥ウ持イましてエ、柔こう、すいと一二度ウ・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ 二 誰も知った通り、この三丁目、中橋などは、通の中でも相の宿で、電車の出入りが余り混雑せぬ。 停まった時、二人三人は他にも降りたのがあったろう。けれども、女に気を取られてそれにはちっとも気がつかぬ。 乗・・・ 泉鏡花 「妖術」
出典:青空文庫