・・・ 最後に創作家としての江口は、大体として人間的興味を中心とした、心理よりも寧ろ事件を描く傾向があるようだ。「馬丁」や「赤い矢帆」には、この傾向が最も著しく現れていると思う。が、江口の人間的興味の後には、屡如何にしても健全とは呼び得ない異・・・ 芥川竜之介 「江口渙氏の事」
・・・それは或る気温の関係で太陽の周囲に白虹が出来、なお太陽を中心として十字形の虹が現われるのだが、その交叉点が殊に光度を増すので、真の太陽の周囲四ヶ所に光体に似たものを現わす現象で、北極圏内には屡見られるのだがこの辺では珍らしいことだといって聞・・・ 有島武郎 「北海道に就いての印象」
・・・思想の中心を失っているのである。 自己主張的傾向が、数年前我々がその新しき思索的生活を始めた当初からして、一方それと矛盾する科学的、運命論的、自己否定的傾向と結合していたことは事実である。そうしてこれはしばしば後者の一つの属性のごとく取・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・偶然だけれども、信也氏の場合は、重ねていうが、ビルジングの中心にぶつかった。 また、それでなければ、行路病者のごとく、こんな壁際に踞みもしまい。……動悸に波を打たし、ぐたりと手をつきそうになった時は、二河白道のそれではないが――石段は幻・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・朝の天気はまんまるな天際の四方に白雲を静めて、洞のごとき蒼空はあたかも予ら四人を中心としてこの磯辺をおおうている。単純な景色といわば、九十九里の浜くらい単純な景色はなかろう。山も見えず川も見えずもちろん磯には石ころもない。ただただ大地を両断・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・が、伯爵邸は地震の中心の本所であったから、屏風その物からして多分焼けてしまったろうし、学海の逸文もまた失われてしまったろう。円福寺の椿岳の画 椿岳の大作ともいうべきは牛込の円福寺の本堂の格天井の蟠龍の図である。円福寺というは紅葉の旧・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・そして、いま、世界の事情を観考するのに、第二の世界戦争が太平洋を中心として、次第に色濃く、萌しつゝあるが如くです。 それが、いよ/\現実の問題となって、四海が波立つことは、五年の後か、或は十年の後か知らない。しかし、若し、世界が現状のま・・・ 小川未明 「男の子を見るたびに「戦争」について考えます」
・・・その事件を中心に昭和十年頃の千日前の風物誌を描こうという試みをふと空しいものに思う気持が筆を渋らせていたのだ。千日前のそんな事件をわざわざ取り上げて書いてみようとする物好きな作家は、今の所私のほかには無さそうだし、そんなものでも書いて置けば・・・ 織田作之助 「世相」
・・・銃劒が心臓の真中心を貫いたのだからな。それそれ軍服のこの大きな孔、孔の周囲のこの血。これは誰の業? 皆こういうおれの仕業だ。 ああ此様な筈ではなかったものを。戦争に出たは別段悪意があったではないものを。出れば成程人殺もしようけれど、如何・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・私の眼の下ではこの半島の中心の山彙からわけ出て来た二つの溪が落合っていた。二つの溪の間へ楔子のように立っている山と、前方を屏風のように塞いでいる山との間には、一つの溪をその上流へかけて十二単衣のような山褶が交互に重なっていた。そしてその涯に・・・ 梶井基次郎 「蒼穹」
出典:青空文庫