・・・と読んだ時、木賃宿でも主従の礼儀を守る文吉ではあるが、兼て聞き知っていた後室の里からの手紙は、なんの用事かと気が急いて、九郎右衛門が披く手紙の上に、乗り出すようにせずにはいられなかった。 敵討の一行が立った跡で、故人三右衛門の未亡人・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・旅順は落ちると云う時期に、身上の有るだけを酒にして、漁師仲間を大連へ送る舟の底積にして乗り出すと云うのは、着眼が好かったよ。肝心の漁師の宰領は、為事は当ったが、金は大して儲けなかったのに、内では酒なら幾らでも売れると云う所へ持ち込んだのだか・・・ 森鴎外 「鼠坂」
・・・栖方はひどく乗り出す風に早口になって笑った。「おれのは、みんなそこからです。誰一人分ってくれない。この間も、それで喧嘩をしたのですが、日本の軍艦も船も、みな間違っているのです。船体の計算に誤算があるので、おれはそれを直してみたのですが、おれ・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫