・・・なんの映画であったか忘れたが東洋物の場面の間に、毒蛇とマングースとの命がけの争闘を写したものをはさんだのがあった。それはあまりたいした成効とは思われなかったが、しかしともかくも人間のドラマのシーンの中間に天然のドラマの短いシーンをはさんで効・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・現代人は相生、調和の美しさはもはや眠けを誘うだけであって、相剋争闘の爆音のほうが古典的和弦などよりもはるかに快く聞かれるのであろう。そういう爆音を街頭に放散しているものの随一はカフェやバーの正面の装飾美術であろう。ちょうどいろいろな商品のレ・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・ 大津波が来るとひと息に洗い去られて生命財産ともに泥水の底に埋められるにきまっている場所でも繁華な市街が発達して何十万人の集団が利権の争闘に夢中になる。いつ来るかもわからない津波の心配よりもあすの米びつの心配のほうがより現実的であるから・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・昔からの思想争闘弾圧史はみんなそれから来ている。ある時はまたXの方向に振動する偏光を見ている一派と、Yの方向に振動する偏光を見ている他の一派とがけんかをする。言う事が直角だけちがう。しかし、ちょっとニコルを回してみれば敵の言いぶんは了解され・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・なんでも相生の代わりに相剋、協和の代わりに争闘で行かなければうそだというように教えられるのであるらしい。その理論がまだ自分にはよくわからない。 三つの音が協和して一つの和弦を構成するということは、三つの音がそれぞれ互いに著しく異なる特徴・・・ 寺田寅彦 「「手首」の問題」
・・・ たちまち眼の前に一つの争闘の活劇が起った。同じ薔薇の上に何物かを物色していた濃褐色の蜂が、突然ほとんど何の理由とも分らず、またなんらの予備行為もなく、いきなりこの蜥蜴の背に飛びかかった。そして右の後脚の附根と思う辺を刺したように見えた・・・ 寺田寅彦 「蜂が団子をこしらえる話」
・・・その深遠な理由は、思想が人間性の苦悩の底へ、無限に深くもぐりこんで抜けないほどに根を持つて居るのと、多岐多様の複雑した命題が、至るところで相互に矛盾し、争闘し、容易に統一への理解を把握することができないこと等に関聯して居る。ニイチェほどに、・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・然し常にこの世に争闘が絶えないと同時に、それは実現し難いものだと思います。例えば親子間の愛――この世にたった一つしかないいきさつですらも、どれだけ円満にいっていましょう。愛と平和――それは今の経済学、哲学とかの学問で説明したり、解剖したりす・・・ 宮本百合子 「愛と平和を理想とする人間生活」
・・・ 皮と肉との目に見えない中に起るこの世の中で一番大きな争闘があんなに静かに何の音も叫びもなく行われ様とは思いも寄らない事である。 人間同志の闘も心と心の争いも沈黙と静寂の裡に行われるものほど偉大に力強く恐ろしいものなのであろう。沈黙・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・彼等は職場にいるときは、生産経済計画について熱心に討論し、職場内の反動分子と争闘しながら、いよいよ七時間の労働を終って、文学研究会の椅子へ坐ると、もう別な彼になってしまう。 所謂文学青年になって、互の書く作品だけを、互の程度の低い標準で・・・ 宮本百合子 「「鎌と鎚」工場の文学研究会」
出典:青空文庫