・・・「今も似よりの話を二つ三つ聞いて来ましたが、中でも可笑しかったのは、南八丁堀の湊町辺にあった話です。何でも事の起りは、あの界隈の米屋の亭主が、風呂屋で、隣同志の紺屋の職人と喧嘩をしたのですな。どうせ起りは、湯がはねかったとか何とか云う、・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・ やがて畦道が二つになる所で笠井は立停った。「この道をな、こう行くと左手にさえて小屋が見えようがの。な」 仁右衛門は黒い地平線をすかして見ながら、耳に手を置き添えて笠井の言葉を聞き漏らすまいとした。それほど寒い風は激しい音で募っ・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・そうしてこの経験は、前の二つの経験にも増して重大なる教訓を我々に与えている。それはほかではない。「いっさいの美しき理想は皆虚偽である!」 かくて我々の今後の方針は、以上三次の経験によってほぼ限定されているのである。すなわち我々の理想はも・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・本尊だに右の如くなれば、この小堂の破損はいう迄もなし、ようように縁にあがり見るに、内に仏とてもなく、唯婦人の甲冑して長刀を持ちたる木像二つを安置せり。 これ、佐藤継信忠信兄弟の妻、二人都にて討死せしのち、その母の泣悲しむがいとしさに・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・ 姉妹はもとのとおりに二つの頭をそろえて向き直った。もう家へは二、三丁だ。背の高い珊瑚樹の生垣の外は、桑畑が繁りきって、背戸の木戸口も見えないほどである。西手な畑には、とうもろこしの穂が立ち並びつつ、実がかさなり合ってついている、南瓜の・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・八畳の座敷が二つある、そのとッつきの方へはいり、立てかけてあった障子のかげに隠れて耳をそば立てた。「おッ母さんは、ほんとに、どうする気だよ?」「どうするか分りゃアしない」「田村先生とは実際関係がないか?」「また、しつッこい!・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・牛島の弘福寺といえば鉄牛禅師の開基であって、白金の瑞聖寺と聯んで江戸に二つしかない黄蘗風の仏殿として江戸時代から著名であった。この向島名物の一つに数えられた大伽藍が松雲和尚の刻んだ捻華微笑の本尊や鉄牛血書の経巻やその他の寺宝と共に尽く灰とな・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・キリストの再臨に関する警告二つ。同十二章三十五節以下四十八節まで。序に「小き群よ懼るる勿れ」との慰安に富める三十二節、三十三節に注意せよ。人は悔改めずば皆な尽く亡ぶべしとの警告。十三章一節より五節まで。救わるる者は少なき乎との質・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・それから二本の白樺の木の下の、寂しい所に、物を言わぬ証拠人として拳銃が二つ棄ててあるのを見出した。拳銃は二つ共、込めただけの弾丸を皆打ってしまってあった。そうして見ると、女房の持っていた拳銃の最後の一弾が気まぐれに相手の体に中ろうと思って、・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・この二つの感情から結ばれた母の愛より大きなものはないと思う。しかし世の中には子供に対して責任感の薄い母も多い。が、そういう者は例外として、真に子供の為めに尽した母に対してはその子供は永久にその愛を忘れる事が出来ない。そして、子供は生長して社・・・ 小川未明 「愛に就ての問題」
出典:青空文庫