・・・なんだか独立な自分というものは微塵に崩壊してしまって、ただ無数の過去の精霊が五体の細胞と血球の中にうごめいているという事になりそうであった。 この第三号の自画像はまずどうにか、こうにか仕上げてしまった。ほんとうの意味ではいつまでかかって・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・換言すればはえはわれわれの五体をワクチン製造所として奉職する技師技手の亜類であるかもしれないのである。 これはもちろん空想である。しかしもしはえを絶滅すると言うのなら、その前に自分のこの空想の誤謬を実証的に確かめた上にしてもらいたいと思・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・みならず、こういう郷土的色彩の濃厚な怪談やおどけ話の奧の方にはわれらとは切っても切れない祖先の生活や思想で彩られた背景がはっきりと眺められるのであるから、こういう話を繰返し聞かされている間にわれわれの五体の幾億万の細胞の中に潜んでいる祖先の・・・ 寺田寅彦 「重兵衛さんの一家」
・・・これらの読み物は自分の五体の細胞の一つずつに潜在していた伝統的日本人をよびさまし明るみへ引き出すに有効であった。「絵本西遊記」を読んだのもそのころであったが、これはファンタジーの世界と超自然の力への憧憬を挑発するものであった。そういう意味で・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・彼女等は、女性と云う性的差別、性的生活以外に、一人類としての五体をも持って居ります。男性が、一人の良人であり父であると申す以外に、彼の「仕事」を持つ如く彼女等も若し要するならば「仕事」を持ち得る丈の教育と健康とを享有して居るのでございます。・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ひとりをかみしめて食む 夕食と涙たよりにする親木をもたない小さい花はくらしの風に思うまゝ五体をふかせてつぼみの枝も ゆれながらひらく「女ひとり」のこの涙は、作者一人の味わったものではないであろう。「ひ・・・ 宮本百合子 「『静かなる愛』と『諸国の天女』」
・・・人間が次第次第に、その五体的の複雑性を増して来る。ありがたい事だと思う。 彼の時分に、自分も受け、人にも授けた苦痛の数々が、如何か無駄では無いように成って欲しいと思う。如何な意味に於ても、自分に受けたものはきっと自分の裡の何かに成ってい・・・ 宮本百合子 「追慕」
出典:青空文庫