・・・余はその罪のない横顔をじっと見入って、亡妻のあらゆる短所と長所、どんぐりのすきな事も折り鶴のじょうずな事も、なんにも遺伝してさしつかえはないが、始めと終わりの悲惨であった母の運命だけは、この子に繰り返させたくないものだと、しみじみそう思った・・・ 寺田寅彦 「どんぐり」
・・・大寺祇園会や僧の訪ひよる梶がもと味噌汁をくはぬ娘の夏書かな鮓つけてやがて去にたる魚屋かな褌に団扇さしたる亭主かな青梅に眉あつめたる美人かな旅芝居穂麦がもとの鏡立て身に入むや亡妻の櫛を閨に蹈む門前の老婆子薪貪る・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・その男が、亡妻の妹の裸の胸を見て、煩悶しはじめる。それはあり得ることとして、その男がそれほどクドクドとこまかく、根ほり葉ほりその性的刺戟をめぐって心理穿鑿をやる。果してそれはボルシェヴィキらしい生活態度と云えようか。 息子のピオニェール・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
出典:青空文庫