・・・もっとも大概の人間には真に対する潔癖はあるから、そういう不正確な記事はたまたまその潔癖を刺激してかえってそれを亢進させるような効果がある場合があるかもそれはわからない。また大多数の人は始めから新聞記事の正確さの「程度」をのみこんでいて、従っ・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
・・・ 人間がけがをしたり、遺失物をしたり、病気が亢進したり、あるいは飛行機がおちたり汽車が衝突したりする「悪日」や「さんりんぼう」も、現在の科学から見れば、単なる迷信であっても、未来のいつかの科学ではそれが立派に「説明」されることにならない・・・ 寺田寅彦 「藤の実」
・・・道太は別に強く言ったつもりではなかったけれど、心臓でも昂進したようにお絹が少し目をうるませて、困惑しているのに気がつくと、にわかにいじらしくなって、その日は道太は加わらないことにしてしまった。兄の養嗣子の嫁の実家で、家族こぞって行くというこ・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ 最近の十数年間、特に太平洋戦争がはじまってからの五年間にわたしたちの経験した辛酸の内容をつまびらかに観察すれば、最後のあがきにおいて以上の諸関係がどんな程度にまで亢進し、ついに破局したか、明瞭である。 日本の社会心理の最底辺にとっ・・・ 宮本百合子 「平和への荷役」
・・・ナポレオンの残忍性はルイザが藻掻けば藻掻くほど怒りと共に昂進した。彼は片手に彼女の頭髪を繩のように巻きつけた。――逃げよ。余はコルシカの平民の息子である。余はフランスの貴族を滅ぼした。余は全世界の貴族を滅ぼすであろう。逃げよ。ハプスブルグの・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・――予は病理的に昂進した欲望をもって破壊に従事した。行き過ぎた破壊は予を虚無の淵にまで連れて行った。偶像破壊者の持つ昂揚した気分は、漸次予の心から消え去った。予はある不正のあることを予感した。反省が予の心に忍び込んだ。そこで打ち砕いた殻のな・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫