・・・箒星が三つ四つ一処に出たかと思うような形で怪しげな色であった。今宵は地球と箒星とが衝突すると前からいうて居たその夜であったから箒星とも見えたのであろうが、善く見れば鬼灯提灯が夥しくかたまって高くさしあげられて居るのだ。それが浅草の雷門辺であ・・・ 正岡子規 「熊手と提灯」
・・・ かように暗裏の鬼神を画き空中の楼閣を造るは平常の事であるが、ランプの火影に顔が現れたのは今宵が始めてである。『ホトトギス』所載の挿画 年の暮の事で今年も例のように忙しいので、まだ十三、四日の日子を余して居るにもかかわら・・・ 正岡子規 「ランプの影」
・・・月天子山のはを出でんとして、光を放ちたまうとき、疾翔大力、爾迦夷波羅夷の三尊が、東のそらに出現まします。今宵は月は異なれど、まことの心には又あらはれ給わぬことでない。穂吉どのも、ただ一途に聴聞の志じゃげなで、これからさっそく講ずるといたそう・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・又は、後半の狂言風な可笑しみで纏め、始めの自責する辺などはごくさらりと、折角、一夜を許し、今宵の月に語り明かそうと思えば、いかなこと、この小町ほどの女もたばかられたか、とあっさり砕けても、或る面白味があっただろう。 行き届いて几帳が立て・・・ 宮本百合子 「気むずかしやの見物」
・・・文学は、小市民的な身辺小説の歴史的な塒から、よしや今宵の枝のありかを知らないでも、既に飛び立たざるを得なくなって来ている。 国民文学の声々は、それらの飛び立った作家たちが、群をはなれぬよう心をつかいつつ而もその群の範囲ではめいめいの方向・・・ 宮本百合子 「平坦ならぬ道」
・・・ 酒井亀之進の邸では、今宵奥のひけが遅くて、りよはようよう部屋に帰って、寝巻に着換えようとしている所であった。そこへ老女の使が呼びに来た。 りよは着換えぬうちで好かったと思いながら、すぐに起って上草履を穿いて、廊下伝に老女の部屋・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・独身で小倉に来ているのを、東京にいるお祖母あさんがひどく案じて、手紙をよこす度に娵の詮議をしている。今宵もそのお祖母あさんの手紙の来たのを、客があったので、封を切らずに机の上に載せて置いた。 大野は昏くなったランプの心を捩じ上げて、その・・・ 森鴎外 「独身」
・・・死んでも誰にも祭られず……故郷では影膳をすえて待ッている人もあろうに……「ふる郷に今宵ばかりの命とも知らでや人のわれをまつらむ」……露の底の松虫もろとも空しく怨みに咽んでいる。それならそれが生きていた内は栄華をしていたか。なかなかそうばかり・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・「陛下、お気をお鎮めなさりませ。私はジョセフィヌさまへお告げ申すでございましょう」 緞帳の間から逞しい一本の手が延びると、床の上にはみ出ていた枕を中へ引き摺り込んだ。「陛下、今宵は静にお休みなされませ。陛下はお狂いなされたのでご・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・ 今宵チュウリンの街を貫ぬく叫び声は C' auche lei……ベルナアルのほかになお一人あり。 一年もたたぬ間にイタリーは小さいデュウゼに充ち充ちた。頭髪をかきむしり、指を噛み、よろめき泣く。彼らは彼女の芸術を見るばかりでなくそ・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
出典:青空文庫