・・・それを意識する事が彼れをいやが上にも仏頂面にした。「敵が眼の前に来たぞ。馬鹿な面をしていやがって、尻子玉でもひっこぬかれるな」とでもいいそうな顔を妻の方に向けて置いて、歩きながら帯をしめ直した。良人の顔付きには気も着かないほど眼を落した妻は・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ おはまは省作と並んで刈りたかったは山々であったけれど、思いやりのない満蔵に妨げられ、仏頂面をして姉と満蔵との間へはいった。おとよさんは絶対に自分の夫と並ぶをきらって、省作と並ぶ。なんといってもこの場では省作が花役者だ。何事にも穏やかな・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・ 廊下を出たら、大隅君がズボンに両手を突込んで仏頂面してうろうろしていた。私は大隅君の背中をどんと叩いて、「君は仕合せものだぞ。上の姉さんが君に、家宝のモオニングを貸して下さるそうだ。」 家宝の意味が、大隅君にも、すぐわかったよ・・・ 太宰治 「佳日」
出典:青空文庫