・・・ 女を待ちうけている仁右衛門にとっては、この邪魔者の長居しているのがいまいましいので、言葉も仕打ちも段々荒らかになった。 執着の強い笠井も立なければならなくなった。その場を取りつくろう世辞をいって怒った風も見せずに坂を下りて行った。・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・そのことごとく利己的な、自分よがりなわがままな仕打ちが、その時の彼にはことさら憎々しく思えた。彼はこうしたやんちゃ者の渦巻の間を、言葉どおりに縫うように歩きながら、しきりに急いだ。 眼ざして来た家から一町ほどの手前まで来た時、彼はふと自・・・ 有島武郎 「卑怯者」
・・・俺たちは、みんな人間の仕打ちに対して不平をもっているのだ。しかし、まだ、これを子細に視察してきたものがない。だれかを、人間のたくさん住んでいる街へやって、検べさせてみたいものだ。そして、よくよく人間が、不埓であったら、そのときは、復讐しよう・・・ 小川未明 「あらしの前の木と鳥の会話」
・・・ 子供は、教師の仕打ちをうらめしく思いました。そして、日の当たる地上に、金だらいを持って立ちながら考えました。「ほんとうに自分はばかだ。ほかのものがみんな覚えるのに、なんで自分ばかりは覚えられないのだろう。」といって、涙ぐんでいまし・・・ 小川未明 「教師と子供」
・・・傲然として鼻の先にあしらうごとき綱雄の仕打ちには、幾たびか心を傷つけられながらも、人慣れたる身はさりげなく打ち笑えど、綱雄はさらに取り合う気色もなく、光代、お前に買って来た土産があるが、何だと思う。当てて見んか。と見向きもやらず。 善平・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・むしろ、これらの作家の小説と並んでその傍に、二、三行で報道されている、××の仕打ちに憤慨して銃を自分の口にあてゝ足で引金を踏んで自殺したという兵卒の記事の方が、はるかに深い暗示に富んでいる。 ただ、ブルジョアジーが、その最初の戦争からし・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・その時も私は自分の手荒な仕打ちをあとで侮いはしたが。「十年他へ行っていたものは、とうさんの家へ帰って来るまでに、どうしたってまた十年はかかる。」 私はそれを家のものに言ってみせて、よく嘆息した。 私たちが住み慣れた家の二階は東北・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ それからも私は、いろんな女から手ひどい打撃を受けつづけてまいりまして、けれどもそれは無学の女だから、そのような思い切ったむごい仕打ちが出来るのか、と思うと、どうしてどうして、決してそういうものでなく、永く外国で勉強して来た女子大学・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・ある解釈に従えば、私の偶然に関係した店の主人の仕打ちうや、それに対する私のした事や考えた事なんかは、すべてがただ小さな愚かな、時代おくれの「虚栄心」の変種かもしれない。 しかしともかくも私はちょっと意外な事に出逢ったような気がしてならな・・・ 寺田寅彦 「ある日の経験」
・・・これは癩をやむ人の前世の業を自ら世に告ぐる、むごき仕打ちなりとシャロットの女は知るすべもあらぬ。 旅商人の脊に負える包の中には赤きリボンのあるか、白き下着のあるか、珊瑚、瑪瑙、水晶、真珠のあるか、包める中を照らさねば、中にあるものは鏡に・・・ 夏目漱石 「薤露行」
出典:青空文庫