・・・世の諺にも話が下掛ってくるともう御仕舞いだという。十返舎一九の『膝栗毛』も篇を重ねて行くに従い、滑稽の趣向も人まちがいや、夜這いが多くなり、遂に土瓶の中に垂れ流した小便を出がらしの茶とまちがえて飲むような事になる。戦後の演芸が下がかってくる・・・ 永井荷風 「裸体談義」
・・・「ま一つじゃ。仕舞にレイモンが今まで誰も見た事のない遊びをやると云うて先ず試合の柵の中へ三十本の杭を植える。それに三十頭の名馬を繋ぐ。裸馬ではない鞍も置き鐙もつけ轡手綱の華奢さえ尽してじゃ。よいか。そしてその真中へ鎧、刀これも三十人分、・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ 坑夫だって人間である以上、早仕舞いにして上りたいのは、他の連中と些も違いはなかった。 だが、掘鑿は急がれているのだ。期限までに仕上ると、会社から組には十万円、組から親方には三万円の賞与が出るのだ。仕上らないと罰金だ。 何しろ、・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・私はその次の日、この手紙を書いて此樽の中へ、そうと仕舞い込みました。 あなたは労働者ですか、あなたが労働者だったら、私を可哀相だと思って、お返事下さい。 此樽の中のセメントは何に使われましたでしょうか、私はそれが知りとう御座います。・・・ 葉山嘉樹 「セメント樽の中の手紙」
・・・ 彼が仕舞時分に、ヘトヘトになった手で移した、セメントの樽から小さな木の箱が出た。「何だろう?」と彼はちょっと不審に思ったが、そんなものに構って居られなかった。彼はシャヴルで、セメン桝にセメントを量り込んだ。そして桝から舟へセメント・・・ 葉山嘉樹 「セメント樽の中の手紙」
・・・おらもう少し草集めて仕舞がらな、うなだ遊ばばあの土手の中さはいってろ。まだ牧馬の馬二十匹ばかりはいるがらな。」 にいさんは向こうへ行こうとして、振り向いてまた言いました。「土手がら外さ出はるなよ。迷ってしまうづどあぶないがらな。午ま・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・大通りから一寸入った左側で、硝子が四枚入口に立っている仕舞屋であった。土間からいきなり四畳、唐紙で区切られた六畳が、陽子の借りようという座敷であった。「まだ新しいな」「へえ、昨年新築致しましたんで、一夏お貸ししただけでございます。手・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・ 飾ったものなんかさっさと仕舞い込んで仕舞う。 気晴しにマンドリンを弾く。 左の第二指に出来た水ぶくれが痛んで音を出し辛い。 すぐやめて仕舞う。 西洋葵に水をやって、コスモスの咲き切ったのを少し切る。 花弁のかげに青・・・ 宮本百合子 「秋風」
・・・ 沢や婆は、不服気に仕舞い込んだ。「――柳田村だっけな、婆やの姪の家は――あすこまで大分有っぺえが――歩けるかい」「仙二さんが、荷車に乗せてってくれますってよ」 ……もう土間の隅では微に地虫が鳴いている。秋の日を眺めながら、・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・で赤裸の心を出さにゃならぬワ、昨日今日知りあった仲ではないに……第一の精霊ほんとうにそうじゃ、春さきのあったかさに老いた心の中に一寸若い心が芽ぐむと思えば、白髪のそよぎと、かおのしわがすぐ枯らして仕舞うワ。ほんとに白状しよう、わきを向い・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
出典:青空文庫