・・・ が今は唯、彼の頭も身体も、彼の子供と同じように、休息を欲した。 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・私の疲れた眼球には、しみじみとした、この世のものでない休息が伝わって来る。 仔猫よ! 後生だから、しばらく踏み外さないでいろよ。お前はすぐ爪を立てるのだから。 梶井基次郎 「愛撫」
・・・町も磯も今は休息のなかにある。その色はだんだん遠く海を染め分けてゆく。沖へ出てゆく漁船がその影の領分のなかから、日向のなかへ出て行くのをじっと待っているのも楽しみなものだ。オレンジの混った弱い日光がさっと船を漁師を染める。見ている自分もほー・・・ 梶井基次郎 「海 断片」
・・・それに町の出口入り口なれば村の者にも町の者にも、旅の者にも一休息腰を下ろすに下ろしよく、ちょっと一ぷくが一杯となり、章魚の足を肴に一本倒せばそのまま横になりたく、置座の半分遠慮しながら窮屈そうに寝ころんで前後正体なき、ありうちの事ぞかし。・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・ 夜が明けるまでこの家で休息することにして、一同はその銃をおろすなど、かれこれくつろいで東の白むのを待った。その間僕は炉のそばに臥そべっていたが、人々のうちにはこの家の若いものらが酌んで出す茶椀酒をくびくびやっている者もあった。シカシ今・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・それらの品々は、一時、深沢洋行の倉庫の中で休息した。それからおもむろに、支那人の手によって、国境をくぐりぬけ、サヴエート国内へもぐりこんで行った。 これは二重の意義を持っていた。密輸入につきものの暴利をむさぼるだけではなかった。 肉・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・ 七 遠足に疲れた生徒が、泉のほとりに群がって休息しているように、兵士が、全くだれてしまった態度で、雪の上に群がっていた。何か口論をしていた。「おい、あっちへやれ。」 大隊長はイワン・ペトロウイチに云った・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・そこで鱗なら鱗、毛なら毛を彫って、同じような刀法を繰返す頃になって、殿にご休息をなさるよう申す。殿は一度お入りになってお茶など召させらるる。準備が尊いのはここで。かねて十分に作りおいたる竜なら竜、虎なら虎をそこに置き、前の彫りかけを隠しおく・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・然し、そればかしでなしに、俺だちにとっては本来の意味――いわばブルジョワ的な「休息」という意味でも、此処は別荘であるということを、俺は発見した。俺だちは、だから此処で、出て行く迄に新しい精気と強い身体を作っておかなければならないのだ。 ・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・丁度、どの町にも、人々が皆行って休息出来る広場がなくてはならないように、一つの村には、二人か三人、誰にでも相手をしていられる暇人が必要です。そう云う人さえいれば、私共が暇で友達でも欲しくなれば、雑作もなく得られます。 プラタプの何よりの・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
出典:青空文庫