・・・そのなつかしさの中にはおそらく自分の子供の時分のこうした体験の追憶が無意識に活動していたものと思われる。またことしの初夏には松坂屋の展覧会で昔の手織り縞のコレクションを見て同じようななつかしさを感じた。もしできれば次に出版するはずの随筆集の・・・ 寺田寅彦 「糸車」
・・・人は西洋文化を論理的と考え、東洋文化を単に体験的という。しかし東洋文化を単に体験的というならば、西洋文化の根柢にも体験的なものがあると思う。矛盾的自己同一的なる我々の自己の真の自覚から、対象認識の方向へ行くということは、必ずしも論理的必然で・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・私は自分でも此問題、此事件を、十年の間と云うもの、或時はフト「俺も怖ろしいことの体験者だなあ」と思ったり、又或時は「だが、此事はほんの俺の幻想に過ぎないんじゃないか、ただそんな風な気がすると云う丈けのことじゃないか、でなけりゃ……」とこんな・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・文化・文学における政治の優位性ということを、たたかいの年月を通じてまじめに体験し、理解している人は、既成の学問の諸分野において、民主的創造、民主的な学問の達成そのものが闘われなければならないことを痛感しています。学問を愛する多くの学生が大学・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・ 人は、自分の裡に未だ顕われずに潜む多くの力の総てを出し切る機会を持たなければ、其等力の実値を体験する事は出来ない。 人は結婚によって、少くとも或種の力を自覚させられ、其に就て考慮と反省とを与えられると思う。情慾の力強さ、其の持つ歓・・・ 宮本百合子 「黄銅時代の為」
・・・今までは或る知識として、頭で丈解っていた生活の内容が、多少なりとも体験された。自分の箇性の傾向から必然に成って来た或る運命に真正面から打ち当って見ると、又、全心全身でぶつかって行かずには済まされないような大きな力を感じて見ると、好い加減と云・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・従って生活感情の真髄が狭い心の中の狭い体験が多い関係から、女性の作り出す創作には本当にユニックなものが乏しい。類型的でなくなる努力、淡泊さ、見栄え等を本当のものにする精進、性の上から来る色々の欠陥と不自由、それから脱出する苦悶――女性は芸術・・・ 宮本百合子 「今日の女流作家と時代との交渉を論ず」
フロベニウスの『アフリカ文化史』は、非常に優れた書であるとともにまた実におもしろい書である。そのおかげでニグロの生活は我々の追体験し得るものとなり、ニグロの文化は我々の理解し得るものとなる。我々はそれによっていわゆる未開人をいかに見る・・・ 和辻哲郎 「アフリカの文化」
・・・もとより体験の告白を地盤としない製作は無意義であるが、しかし告白は直ちに製作ではない。告白として露骨であることが製作の高い価値を定めると思ってはいけない。けれどもまた告白が不純である所には芸術の真実は栄えない。私の苦しむのは真に嘘をまじえな・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
・・・といっているごとく、彼の体験より出たものであるが、その中で最も目につくのは、伝統や因襲からの解放である。人事については家柄に頼らず、一々の人の器用忠節を見きわめて任用すべきことを力説している。戦争については、吉日を選び、方角を考えて時日を移・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫