・・・引き留めてくれい。何故お前は母上の帰って行くのを見ていながら引留めてはくれなんだか。死。わしの知った事では無い。母に対してどうするのも、皆其方の思うままであったのじゃ。主人。ええ、この胸に何の感じもなかったか。この身の根差はあのお母・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・多くの人は蕪村が漢語を用うるをもってその唯一の特色となし、しかもその唯一の特色が何故に尊ぶべきかを知らず、いわんや漢語以外に幾多の特色あることを知る者ほとんどこれなきに至りては、彼らが蕪村を尊ぶゆえんを解するに苦しむなり。余はここにおいて卑・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・何が故に神に従わないか。何故に神の恩恵を拒むのであるか。速にこれを悔悟して従順なる神の僕となれ。」 博士は最後に大咆哮を一つやって電光のように自分の席に戻りそこから横目でじっと式場を見まわしました。拍手が起りましたが同時に大笑いも起りま・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・従って、部分部分の雰囲気は画面に濃く、且つ豊富なのであるが、この作の総体を一貫して迫って来る或る後味とでも云うべきものが、案外弱いのは何故だろう。私は、部分部分の描写の熱中が、全巻をひっくるめての総合的な調子の響を区切ってしまっていると感じ・・・ 宮本百合子 「「愛怨峡」における映画的表現の問題」
・・・そこで世間で我虚名を伝うると与に、門外の見は作と評との別をさえ模糊たらしめて、他は小説家だということになった。何故に予は小説家であるか。予が書いたものの中に小説というようなものは、僅に四つ程あって、それが皆極の短篇で、三四枚のものから二十枚・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・ もしも、文学に対して、最も深き認識に達したものが、コンミニストたらざるを得なくなるとすれば、コンミニストの中で、文学に関心しているものは、最も認識貧弱な人物にちがいない。何故なら、文学などと云うものは、コンミニストにとっては、左様・・・ 横光利一 「新感覚派とコンミニズム文学」
・・・偉大なる人が何故に偉大であるかという事も追々に解って来た。いかに自分が矮小であるかということもそれに従って明らかになって来た。それによって自分の運命に対する信頼の念はいささかも減じないが、本当の自分というものがこれまで考えていた自分のような・・・ 和辻哲郎 「自己の肯定と否定と」
出典:青空文庫