・・・「たったいま倒れたんだ」歩哨は少しきまり悪そうに言いました。「なあんだ。あっ。あんなやつも出て来たぞ」 向こうに魚の骨の形をした灰いろのおかしなきのこが、とぼけたように光りながら、枝がついたり手が出たりだんだん地面からのびあがっ・・・ 宮沢賢治 「ありときのこ」
・・・こんもり高くして置いた青紫蘇の根元の土でさえ次第に流され、これは今にも倒れそうに傾きかけるものさえ出て来た。―― 私は小さい番傘をさし、裸足でザブザブ水を渉り花壇へ行って見た。保修工事が焦眉の問題であった。私は苦心して手頃な石ころを一杯・・・ 宮本百合子 「雨と子供」
・・・又七郎は槍を棄ててその場に倒れた。 数馬は門内に入って人数を屋敷の隅々に配った。さて真っ先に玄関に進んでみると、正面の板戸が細目にあけてある。数馬がその戸に手をかけようとすると、島徳右衛門が押し隔てて、詞せわしくささやいた。「お待ち・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ルイザは呆然として、皇帝ナポレオン・ボナパルトが射られた獣のように倒れている姿を眺めていた。「陛下、いかがなさいました」 ボナパルトは自分の傍に蹲み込む妃の体温を身に感じた。「ルイザお前は何しに来た?」「陛下のお部屋から、激・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・ことに血なまぐさい戦場に倒れて死に面して苦しんでいる人の姿を思い浮かべると、私はじっとしていられない気がしました。 私は心臓が変調を来たしたような心持ちでとりとめもなくいろいろな事を思い続けました。――しかしこれだけなら別にあなたに訴え・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫