・・・しかしこれは協同する真心というので、必ずしも働く腕、才能をさすのではない。妻が必ず職業婦人になって、夫の収入に加えねばならぬというのではない。働く腕、金をとる才能のあることがかえって夫婦愛を傷つける場合は少なくないし、またあまりそういう働き・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・細かく眼が働く特別な才能でも持っているらしい。 彼は与助には気づかぬ振りをして、すぐ屋敷へ帰って、杜氏を呼んだ。 杜氏は、恭々しく頭を下げて、伏目勝ちに主人の話をきいた。「与助にはなんぼ程貸越しになっとるか?」と、主人は云った。・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・た自分がこの人の家内であり、半身であると無意識的に感じると同時に、吾が身が夫の身のまわりに附いてまわって夫を扱い、衣類を着換えさせてやったり、坐を定めさせてやったり、何にかかにか自分の心を夫に添わせて働くようになる。それがこの数年の定跡であ・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・母と娘はそれを楽しみに働くことにした。健吉からは時々検印の押さった封緘葉書が来た。それが来ると、母親はお安に声を出して読ませた。それから次の日にモウ一度読ませた。次の手紙が来る迄、その同じ手紙を何べんも読むことにした。 ・・・ 小林多喜二 「争われない事実」
・・・「そのかわり、太郎さんと二人で働くんだぜ。」「僕もよく考えてみよう。こうして東京にぐずぐずしていたってもしかたがない。」 と、次郎は沈思するように答えて、ややしばらく物も言わずに、私のそばを離れずにいた。 四月にはいって、私・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・機を織るにも畠を打つにも、舟を漕ぐにも馬を曳くにも、働く時にはいつも歌う。朝から晩まで歌っている。行くところに歌の揚らぬことがあれば、そこには若い女がいないのである。若い女はみんな歌う。そしてお仙なぞは一番うまい組のようである。 お仙は・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・と女は、声をひそめて言い、「こんな、ちゃんとしたお家もあるくせに、どろぼうを働くなんて、どうした事です。ひとのわるい冗談はよして、あれを返して下さい。でなければ、私はこれからすぐ警察に訴えます」「何を言うんだ。失敬な事を言うな。ここは、・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・この映画を見ていると工場の中で器械として働く人間は刑務所に働く囚徒と全く同じもののように思われる。学校生徒も同様である。この映画に現われる社交界の人々もやはり一種の囚徒であるように見えてくる。開場式のお歴々の群集も畢竟一種の囚徒で、工場主の・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・「みんな働くんだね」「働かんと姉さん口煩いから」おひろは微声で答えたが、始末屋で奇麗好きのお絹とちがって、面倒くさそうにさっさっとやっていた。 箪笥や鏡台なんか並んでいる店の方では、昨夜お座敷の帰りが遅かったとみえて、女が二人ま・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・人知れず働く犠牲の数が入る。犠牲、実に多くの犠牲を要する。日露の握手を来すために幾万の血が流れたか。彼らは犠牲である。しかしながら犠牲の種類も一ではない。自ら進んで自己を進歩の祭壇に提供する犠牲もある。――新式の吉田松陰らは出て来るに違いな・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
出典:青空文庫