・・・やはりどうもその先頃おたずねにあずかった紫紺についてのようであります。そうしてみると私も本気で考え出さなければなりません。そう思って一生懸命思い出しました。ところが私は子供のとき母が乳がなくて濁り酒で育ててもらったためにひどいアルコール中毒・・・ 宮沢賢治 「紫紺染について」
・・・ある人は、新聞に三つの理由をあげて、あの茨海の野原は、すぐ先頃まで海だったということを論じました。それは第一に、その茨海という名前、第二に浜茄の生えていること、第三にあすこの土を嘗めてみると、たしかに少し鹹いような気がすること、とこう云うの・・・ 宮沢賢治 「茨海小学校」
・・・殊にバクテリアなどは先頃まで度々分類学者が動物の中へ入れたんだ。今はまあ植物の中へ入れてあるがそれはほんのはずみなのだ。そんな曖昧な動物かも知れないものは勿論仁慈に富めるビジテリアン諸氏は食べたり殺したりしないだろう。ところがどうだ諸君諸君・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・「鬚もめがねもあるのさ。先頃来た大臣だってそうだ。」「どこかにかくれて見てようか。」「見てよう。寺林のとこはどうだい。」 寺林というのは今は練兵場の北のはじになっていますが野原の中でいちばん奇麗な所でした。はんのきの林がぐる・・・ 宮沢賢治 「二人の役人」
・・・「おおい、いよいよ急がなきゃならないよ。先頃の死亡承諾書ね、あいつへ今日はどうしても、爪判を押して貰いたい。別に大した事じゃない。押して呉れ。」「いやですいやです。」豚は泣く。「厭だ? おい。あんまり勝手を云うんじゃない、その身・・・ 宮沢賢治 「フランドン農学校の豚」
・・・「ああ、先頃はありがとう。地図はちゃんと仕度しておいたよ。この前の音は今でもするの。」「するとも、昨夜なんかとてもひどいんだ。今夜はもうぼくどうしても探そうとおもって羊飼のミーロと二人で出て来たんだ。」「うちの方は大丈夫かい。」・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・ 稲田の間を駛りながら、私はつい先頃新聞に出た「百万人の失業者」という記事を思いおこした。政府は重要産業の補償をうち切って、百万人の失業者を出すそうだが、その百万人の人々とその家族、その主婦たちにとって、この威風にみちた秋田の稲田のこと・・・ 宮本百合子 「青田は果なし」
・・・ つい先頃、後妻にいじめられ、水ものめずに死んだ石屋の爺さんが、七十六かで、沢や婆さんと略同年輩の最後の一人であった。その爺さえ、彼女の前身を確に知ってはいなかった。まして、村の若い者、仙二位の男達だって、赤児で始めて沢や婆さんの顔を見、怯・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・ つい先頃までは、鶏小舎であったところが一寸手を入れられて、副業的作業場となり、村から苦情の出るような賃銀をとって、重工業に参加する村の娘の若い姿は、いかにも工業動員の光景である。村の娘たちは、新しい自分の力にも目ざめてゆくであろう。不・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
宗達 宗達の絵の趣などは、知っている人には知られすぎていることだろうが、私はつい先頃源氏物語図屏風というものの絵はがきに縮写されているのを見て、美しさに深いよろこびを感じた。 宗達は能登の人、こま・・・ 宮本百合子 「あられ笹」
出典:青空文庫