・・・と時刻を克明に書いている所に何となく自分の頭にある子規という人が出ているような気がする。そうかと思うと日附は書いてないのも何となく面白い。 配達局の消印も明瞭で駒込局のロ便になっている。一体にその頃の消印ははっきりしていたが、近頃のは捺・・・ 寺田寅彦 「子規自筆の根岸地図」
・・・図の左半は比較的込み入っていて、不折邸附近の行きづまり横町が克明に描かれ「不折」「浅井」両家の位置が記入されている。面白いことは横町の入口の両脇の角に「ユヤ」「床ヤ」と書いてある。それから不折邸の横に「上根岸四十番」と記し、その右に大きな華・・・ 寺田寅彦 「子規の追憶」
・・・ 科学が今日のように発達したのは過去の伝統の基礎の上に時代時代の経験を丹念に克明に築き上げた結果である。それだからこそ、颱風が吹いても地震が揺ってもびくとも動かぬ殿堂が出来たのである。二千年の歴史によって代表された経験的基礎を無視して他・・・ 寺田寅彦 「津浪と人間」
・・・今日、よみかえしてみて興味のある点は、この短篇が、死という自然現象を克明に追跡しながら、弟をめぐる人間関係が、同じ比重で追究されていないところである。これは、なぜだったのだろう。 生きる歓喜にむせぶような心もちの少女が、死の迫って来る力・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第一巻)」
・・・人生と人間の理想とその実現の努力に対する作者の感慨は主人公半蔵の悲喜と全く共にあり、氏一流の客観描写である如きであって実は克明な一人称である筆致で、郷土地方色をも十分に語った作品である。「夜明け前」の主人公は時代が推移して明治が来るとともに・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・勿論、子供ですからいわゆる心境物なんてことはあり得ませんし、材料は自分が見聞きしたことを色々集めて、それを克明に書いただけのものでした。これが大正五年の『中央公論』で、引つづいてぽつぽつ外国へ行くまでに六つ位発表したと思います。どれもなかり・・・ 宮本百合子 「十年の思い出」
・・・その中では克明に、一心に、生命の火かげのうつろいゆく姿を追っているのだけれど、私は二つの眼がそんなに乾いて大きく瞠られて、凝っとその臨終に息をつめていたということも、自分の無意識の心理にふれて今考えれば別の面からも思いひそめられる。あのとき・・・ 宮本百合子 「青春」
・・・若い母親のつとめさきである下町の時計問屋の生活の内部の情景、困難や災難にも明るさを失うまいとして娘と生きたたかっている妻、母の思いも克明に描かれていた。栄さんは、おそらく現実にそういう経験をしたことがあったのではなかったろうか。そして、獄中・・・ 宮本百合子 「壺井栄作品集『暦』解説」
・・・ 嘉村氏は、滅びるものをして滅ばしめよという風にその姿を克明に描くが、そこに我々は氏のデスペレートな、崩壊の面のみを認識してそこから新たな力の擡頭のあることを理解しない富農の暗い憤りが文章のセッサタクマというところへまで転化して現れてい・・・ 宮本百合子 「同志小林の業績の評価によせて」
・・・かたい表紙をあけてみると、教育という見出しで遺伝についての記事、胎教についての項目、フレーベル氏及幼稚園というような記事の頁が克明に書きこまれている。 インクで書かれたそれらの字は歳月を経てもう今日ではぼんやりとした茶色に変っている。明・・・ 宮本百合子 「本棚」
出典:青空文庫