・・・「なかなか冷えるね」と、西宮は小声に言いながら後向きになり、背を欄干にもたせ変えた時、二上り新内を唄うのが対面の座敷から聞えた。「わるどめせずとも、そこ放せ、明日の月日の、ないように、止めるそなたの、心より、かえるこの身は、どんなに・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・夏に銅の壺に水を入れ壺の外側を水でぬらしたきれで固くつつんでおくならばきっとそれは冷えるのだ。なんべんもきれをとりかえるとしまいにはまるで氷のようにさえなる。このように水は物をつめたくする。また水はものをしめらすのだ。それから水はいつでも低・・・ 宮沢賢治 「学者アラムハラドの見た着物」
さて、いよいよモスクワも本物にあつくなって来た。 あっちは、日本みたいに梅雨はないが、冬がひどく長い。四月頃やっと雪がとけて、メーデーには、小雨でも降ると、まだどうしてなかなか冷えるという時候だ。 それが五月二十日・・・ 宮本百合子 「ソヴェト労働者の夏休み」
・・・床柱も、そこの一輪差しに活けられている黄菊の花弁の冷たささえも頬に感じられて来るような室の底冷える空気である。 暫くぽつんとしていると、廊下のあっちの方で、「お客様にお火をさしあげて?」と云っている尚子のきき馴れた高い声がした。・・・ 宮本百合子 「二人いるとき」
出典:青空文庫