・・・すみれは、おりおり寒い風に吹かれて、小さな体が凍えるようでありましたが、一日一日と、それでも雲の色が、だんだん明るくなって、その雲間からもれる日の光が野の上を暖かそうに照らすのを見ますと、うれしい気持ちがしました。 すみれは、毎朝、太陽・・・ 小川未明 「いろいろな花」
・・・ 冬籠りする高瀬は火鉢にかじりつき、お島は炬燵へ行って、そこで凍える子供の手足を暖めさせた。家の外に溶けた雪が復た積り、顕われた土が復た隠れ、日の光も遠く薄く射すように成れば、二人は子供等と一緒に半ば凍りつめた世界に居た。雲ともつかぬ水・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・以上、書いたことで、私は、まだ少年の域を脱せず、『高所の空気、強い空気』である、あなたに、手紙を書いたり、逢ったりすることに依りて、『凍える危険』を感ずる者である。まことに敬畏する態度で、私は、この手紙一本きりで、あなたから逃げ出す。めくら・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・何故かと云えば、風のない国の家屋は大抵少しの風にも吹き飛ばされるように出来ているであろうし、冬の用意のない国の人は、雪が降れば凍えるに相違ないからである。それほど極端な場合を考えなくてもよい。いわゆる颱風なるものが三十年五十年、すなわち日本・・・ 寺田寅彦 「津浪と人間」
・・・衰えた身体を九十度の暑さに持て余したのはつい数日前の事のように思われたのに、もう血液の不充分な手足の末端は、障子や火鉢くらいで防ぎ切れない寒さに凍えるような冬が来た。そして私の失意や希望や意志とは全く無関係に歳末と正月が近づきやがて過ぎ去っ・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・汗ばんだ体は、急に凍えるように冷たさを感じ始めた。彼の通る足下では木曾川の水が白く泡を噛んで、吠えていた。「チェッ! やり切れねえなあ、嬶は又腹を膨らかしやがったし、……」彼はウヨウヨしている子供のことや、又此寒さを目がけて産れる子供の・・・ 葉山嘉樹 「セメント樽の中の手紙」
出典:青空文庫