・・・しかも娘の思惑を知ってか知らないでか、膝で前へのり出しながら、見かけによらない猫撫声で、初対面の挨拶をするのでございます。「こっちは、それ所の騒ぎではないのでございますが、何しろ逃げようと云う巧みをけどられなどしては大変だと思ったので、・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・黒絽の羽織をひっかけた、多少は酒気もあるらしい彼は、谷村博士と慇懃な初対面の挨拶をすませてから、すじかいに坐った賢造へ、「もう御診断は御伺いになったんですか?」と、強い東北訛の声をかけた。「いや、あなたが御見えになってから、申し上げ・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・僕は彼と初対面の時、何か前にも彼の顔を見たことのあるような心もちがした。いや、彼の顔ばかりではない。その部屋のカミンに燃えている火も、火かげの映った桃花心木の椅子も、カミンの上のプラトオン全集も確かに見たことのあるような気がした。この気もち・・・ 芥川竜之介 「彼 第二」
一昨年の冬、香取秀真氏が手賀沼の鴨を御馳走した時、其処に居合せた天岡均一氏が、初対面の小杉未醒氏に、「小杉君、君の画は君に比べると、如何にも優しすぎるじゃないか」と、いきなり一拶を与えた事がある。僕はその時天岡の翁も、やは・・・ 芥川竜之介 「小杉未醒氏」
・・・翁はこの主人とひととおり、初対面の挨拶をすませると、早速名高い黄一峯を見せていただきたいと言いだしました。何でも翁の話では、その名画がどういう訳か、今の内に急いで見ておかないと、霧のように消えてでもしまいそうな、迷信じみた気もちがしたのだそ・・・ 芥川竜之介 「秋山図」
・・・細君は腰を半ば上りはなに掛けたなり、予に対して鄭嚀に挨拶を始めた、詞は判らないが改まった挨拶ぶりに、予もあわてて初対面の挨拶お定まりにやる。子供二人ある奥さんとはどうしても見えない。「矢代君やり給え。余り美味くはないけれど、長岡特製の粽・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・下駄の台を拵えるのが仕事だと聴いてはいるが、それも大して骨折るのではあるまい。初対面の挨拶も出来かねたようなありさまで、ただ窮屈そうに坐って、申しわけの膝ッこを並べ、尻は少しも落ちついていない様子だ。「お父さんの風ッたら、ありゃアしない・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・晩年変態生活を送った頃は年と共にいよいよ益々老熟して誰とでも如才なく交際し、初対面の人に対してすらも百年の友のように打解けて、苟にも不快の感を与えるような顔を決してしなかったそうだ。 が、この円転滑脱は天禀でもあったが、長い歳月に段々と・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・、容易に人を近づけないで門前払いを喰わすを何とも思わないように噂する人があるが、それは鴎外の一面しか知らない説で、極めてオオプンな、誰に対しても城府を撤して奥底もなく打解ける半面をも持っていたのは私の初対面でも解る。若い人が常に眷いて集まっ・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
一 二葉亭との初対面 私が初めて二葉亭と面会したのは明治二十二年の秋の末であった。この憶出を語る前に順序として私自身の事を少しくいわねばならない。 これより先き二葉亭の噂は巌本撫象から度々聞いていた。巌本は頻りに二葉亭の人物・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
出典:青空文庫