・・・殿「何をぐず/″\いって居る、別に欲しくはないか、一枚やろうかな」七「へゝゝゝ嘘ばっかり」殿「なに嘘をいうものか、一枚やろう」 と御酒機嫌とは云いながら余程御贔屓と見えまして、黄金を一枚出された時に、七兵衞は正直な人ゆえ、こ・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・ 遠い山地のほうにできかけている新しい家が、別にこの私たちに見えて来た。こんな落ちつかない気持ちで今の住居に暮らしているうちにも、そのうわさが私たちの間に出ない日はなかった。私は郷里のほうに売り物に出た一軒の農家を太郎のために買い取・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・いっしょにいる間は別に何とも思わなかったけれど、こうなってみれば、自分は何かしらあなたをいじらしく思うとくらいは言っておきたかったような気がする。このままで永く別れてしまうのは何だか物足りない。自分がどんな気でいるかは藤さんは知ってはいまい・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・というものが、いつのまにやら十人以上もまつわりついて、そうかと言って、別に井伏さんに話があるわけでも無いようで、ただ、磁石に引き寄せられる釘みたいに、ぞろぞろついて来るのである。いま思えば、その釘の中には、後年の流行作家も沢山いたようである・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・あるいは大多数の人は因襲的の妥協に馴れて別にどうしようとも思わなかった。力学の教科書はこの急所に触れないように知らん顔をしてすましていた。それでも実用上の多くの問題には実際差支えがなかったのである。ところが近代になって電子などというものが発・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・そして若い時から兄夫婦に育てられていた義姉の姪に桂三郎という養子を迎えたからという断わりのあったときにも、私は別に何らの不満を感じなかった。義姉自身の意志が多くそれに働いていたということは、多少不快に思われないことはないにしても、義姉自身の・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・かくして先生は現代の生存競争に負けないため、現代の人たちのする事は善悪無差別に一通りは心得ていようと努めた。その代り、そうするには何処か人知れぬ心の隠家を求めて、時々生命の洗濯をする必要を感じた。宿なしの乞食でさえも眠るにはなお橋の下を求め・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・と女が問をかける。別に恥ずかしと云う気色も見えぬ。五分刈は向き直って「あの声は胸がすくよだが、惚れたら胸は痞えるだろ。惚れぬ事。惚れぬ事……。どうも脚気らしい」と拇指で向脛へ力穴をあけて見る。「九仞の上に一簣を加える。加えぬと足らぬ、加える・・・ 夏目漱石 「一夜」
河豚 どんな下手が釣っても、すぐにかかる魚は河豚とドンコである。 河豚が魚の王で、下関がその産地であることは有名だが、別に下関付近でとれるためではない。下関が集散地になっているだけで、河豚は瀬戸内海はもちろん、玄海灘でも、ど・・・ 火野葦平 「ゲテ魚好き」
・・・一 婦人は別に主君なし。夫を主人と思ひ敬ひ慎みて事べし。軽しめ侮べからず。総じて婦人の道は人に従ふに有り。夫に対するに顔色言葉遣ひ慇懃に謙り和順なるべし。不忍にして不順なるべからず。奢て無礼なるべからず。是れ女子第一の勤也。夫の・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
出典:青空文庫