・・・しかもその私憤たるや、己の無知と軽卒とから猿に利益を占められたのを忌々しがっただけではないか? 優勝劣敗の世の中にこう云う私憤を洩らすとすれば、愚者にあらずんば狂者である。――と云う非難が多かったらしい。現に商業会議所会頭某男爵のごときは大・・・ 芥川竜之介 「猿蟹合戦」
・・・康頼は何でも願さえかければ、天神地神諸仏菩薩、ことごとくあの男の云うなり次第に、利益を垂れると思うている。つまり康頼の考えでは、神仏も商人と同じなのじゃ。ただ神仏は商人のように、金銭では冥護を御売りにならぬ。じゃから祭文を読む。香火を供える・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・「農民をあんな惨めな状態におかなければ利益のないものなら、農場という仕事はうそですね」「お前は全体本当のことがこの世の中にあるとでも思っとるのか」 父は息子の融通のきかないのにも呆れるというようにそっぽを向いてしまった。「思・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ることだと思いますが、生産の大本となる自然物、すなわち空気、水、土のごとき類のものは、人間全体で使用すべきもので、あるいはその使用の結果が人間全体に役立つよう仕向けられなければならないもので、一個人の利益ばかりのために、個人によって私有さる・・・ 有島武郎 「小作人への告別」
・・・――諸君のまじめな研究は外国語の知識に乏しい私の羨やみかつ敬服するところではあるが、諸君はその研究から利益とともにある禍いを受けているようなことはないか。かりにもし、ドイツ人は飲料水の代りに麦酒を飲むそうだから我々もそうしようというようなこ・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・「ああ、観音の利益だなあ。」 つと顔を背けると、肩をそいで、お誓は、はらはらと涙を落した。「その御利益を、小県さん、頂いてだけいればよかったんですけれど――早くから、関屋からこの辺かけて、鳥の学者、博士が居ます。」「…………・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・三宝の利益、四方の大慶。太夫様にお祝儀を申上げ、われらとても心祝いに、この鯉魚を肴に、祝うて一献、心ばかりの粗酒を差上げとう存じまする。まず風情はなくとも、あの島影にお船を繋ぎ、涼しく水ものをさしあげて、やがてお席を母屋の方へ移しましょう。・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・は、家庭問題社会問題との交渉がない訳になる、勿論弦斎などの食道楽というふうには衛生問題もあり経済問題もあるらしいが、予の希望は、今少しく高き精神を以て研究せられたく思うのである、美食は美食其物に趣味も利益もあるは勿議であれど、食事の問題が只・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・さきの偽筆は自分のために利益と見えたことだが、今のは自分の不利益になる事件が含んでいる代筆だ。僕は、何事もなるようになれというつもりで、苦しい胸を押えていた。が、表面では、そう沈んだようには見せたくなかったので、からかい半分に、「区役所が一・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・昨日もお話ししたとおり金は用い方によってたいへん利益がありますけれども、用い方が悪いとまたたいへん害を来すものである。事業におけるも同じことであります。クロムウェルの事業とか、リビングストンの事業はたいへん利益がありますかわりに、またこれに・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
出典:青空文庫