・・・今日の新聞を一頁よめば、到るところに、永年の嘘の皮が剥げて現れた醜い事実がさらけ出されています。省線に一度乗れば、弱い者を助けよ、という人間の理想が、跡かたもなくふきとばされているのが身に沁みます。私たちも、そのときは、肩で人を押すようにし・・・ 宮本百合子 「美しく豊な生活へ」
・・・尾世川のところにはたった一つ、剥げかけた一閑張の小机があるかぎりであった。彼は立って、それを室の真中へ持ち出した。「あ、ちょっと。そこには冠詞がいりますね」「――DER?」「そうです。――ではこの文句をすっかり裏から云ったら・・・ 宮本百合子 「帆」
・・・いや、それより、自分の中から剥げ落ちようとしている栖方の幻影を、むしろ支えようとしているいまの自分の好意の原因は、みな一重に栖方の微笑に牽引されていたからだと思った。彼はそれが口惜しく、ひと思いに彼を狂人として払い落してしまいたかった。梶は・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫