・・・ ぴちりと音がして皓々たる鏡は忽ち真二つに割れる。割れたる面は再びぴちぴちと氷を砕くが如く粉微塵になって室の中に飛ぶ。七巻八巻織りかけたる布帛はふつふつと切れて風なきに鉄片と共に舞い上る。紅の糸、緑の糸、黄の糸、紫の糸はほつれ、千切れ、・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・ 突然何者か表の雨戸を破れるほど叩く。そら来たと心臓が飛び上って肋の四枚目を蹴る。何か云うようだが叩く音と共に耳を襲うので、よく聞き取れぬ。「婆さん、何か来たぜ」と云う声の下から「旦那様、何か参りました」と答える。余と婆さんは同時に表口・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・どこでも見物は熱狂し、割れるように喝采した。そして舞台の支那兵たちに、蜜柑や南京豆の皮を投げつけた。可憫そうなチャンチャン坊主は、故意に道化けて見物の投げた豆を拾い、猿芝居のように食ったりした。それがまた可笑しく、一層チャンチャン坊主の憐れ・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・ 出入りの鳶の頭を始め諸商人、女髪結い、使い屋の老物まで、目録のほかに内所から酒肴を与えて、この日一日は無礼講、見世から三階まで割れるような賑わいである。 娼妓もまた気の隔けない馴染みのほかは客を断り、思い思いに酒宴を開く。お職女郎・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・陳氏は笑いころげ哄笑歓呼拍手は祭場も破れるばかりでした。けれども私はあんまりこのあっけなさにぼんやりしてしまいました。あんまりぼんやりしましたので愉快なビジテリアン大祭の幻想はもうこわれました。どうかあとの所はみなさんで活動写真のおしまいの・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・豚は斯う考えて、まるであの梯形の、頭も割れるように思った。おまけにその晩は強いふぶきで、外では風がすさまじく、乾いたカサカサした雪のかけらが、小屋のすきまから吹きこんで豚のたべものの余りも、雪でまっ白になったのだ。 ところが次の日のこと・・・ 宮沢賢治 「フランドン農学校の豚」
・・・の作者は、この作品のかかれた時代、結婚後五年で、その結婚生活の破れる最後の段階に迫っていた。結婚生活に入って五年の間、一つもまとまった作品のないことを苦痛に感じ、不安に感じはじめていた作者は、一九二三年の夏には本気ですこし長いものをかきたか・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第二巻)」
・・・ しまいまで読み終るといきなり破れる様な声で、 馬鹿! 馬鹿野郎、 人が病気で居ればいい玩具や思うて勝手な事云うてさいなみ居る。 出したけりゃ早う、夫婦共に出すがええ、 人でなし。と云った。 お節は涙・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・処女の波は彼の胸の前で二つに割れると、揺らめく花園のように駘蕩として流れていった。 横光利一 「街の底」
・・・これまでは調和がとれていた故に現われなかった性質が調和の破れるとともに偏狭に現われて来た。自分の内には、自分の運命に対する強い信頼が小供の時から絶えず活らいていたけれども、またその側には常に自分の矮小と無力とを恥じる念があって、この両者の相・・・ 和辻哲郎 「自己の肯定と否定と」
出典:青空文庫