・・・その敬服さ加減を披瀝するために、この朴直な肥後侍は、無理に話頭を一転すると、たちまち内蔵助の忠義に対する、盛な歎賞の辞をならべはじめた。「過日もさる物識りから承りましたが、唐土の何とやら申す侍は、炭を呑んで唖になってまでも、主人の仇をつ・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・果敢ない労力に句点をうって、鍬の先きが日の加減でぎらっぎらっと光った。津波のような音をたてて風のこもる霜枯れの防風林には烏もいなかった。荒れ果てた畑に見切りをつけて鮭の漁場にでも移って行ってしまったのだろう。 昼少しまわった頃仁右衛門の・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ 見えつつ、幻影かと思えば、雲のたたずまい、日の加減で、その色の濃い事は、一斉に緋桃が咲いたほどであるから、あるいは桃だろうとも言うのである。 紫の雲の、本願寺の屋の棟にかかるのは引接の果報ある善男善女でないと拝まれない。が紅の霞は・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・芭蕉蕪村などあれだけの人でも殆ど著述がない、書物など書いた人は、如何にも物の解った様に、うまいことをいうて居るが、其実趣味に疎いが常である、学者に物の解った人のないのも同じ訳である、太宰春台などの馬鹿加減は殆どお話にならんでないか。・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・僕は大切な時間を取られるのが惜しかったので、いい加減に教えてすましてしまうと、「うちの芸者も先生に教えていただきたいと言います」と言い出した。「面倒くさいから、厭だよ」と僕は答えたが、跡から思うと、その時からすでにその芸者は僕を・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・語学校の教授時代、学生を引率して修学旅行をした旅店の或る一夜、監督の各教師が学生に強要されて隠し芸を迫られた時、二葉亭は手拭を姉さん被りにして箒を抱え、俯向き加減に白い眼を剥きつつ、「処、青山百人町の、鈴木主水というお侍いさんは……」と瞽女・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・いかに、今日、人事に対する批評判断のいゝ加減なることよ。これが、たゞちに記録となって、将来の歴史を編成するのである。 誠実に、生きるものは、もとより記録を残すと否とについて考えない筈だ。たゞ俗人のみが、すべてに於て、計画的であるであろう・・・ 小川未明 「自由なる空想」
・・・と媼さんはいい加減にあしらって、例の洋銀の煙管で一服吸ってから、「それで、何でしょうか、写真は向う様へお見せ下さいましたでしょうか?」「ええ、それは見せました、こないだ私がお宅から帰ると、都合よくちょうど先の人が来合わせたものですから」・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・何を言うても良え加減にきいといて下さい」「いや、誰のいうことも僕は信用しません」 全く、私は女の言うことも男の言うことも、てんで身を入れてきかない覚悟をきめていた。「それをきいて安心しました」 女は私の言葉をなんときいたのか・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・もう好加減に通りそうなもの、何を愚頭々々しているのかと、一刻千秋の思い。死骸の臭気は些も薄らいだではないけれど、それすら忘れていた位。 不意に橋の上に味方の騎兵が顕れた。藍色の軍服や、赤い筋や、鎗の穂先が煌々と、一隊挙って五十騎ばかり。・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
出典:青空文庫