・・・しかし僕の家は焼けずに、――僕は努めて妄想を押しのけ、もう一度ペンを動かそうとした。が、ペンはどうしても一行とは楽に動かなかった。僕はとうとう机の前を離れ、ベッドの上に転がったまま、トルストイの Polikouchka を読みはじめた。この・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・私はきゅうに自分の着ている布団の穢さが気になって、努めて起きでた。 私もそこにしてあるとおり、自分の布団と木枕とを上り口の横に積重ねて、それから顔でも洗おうと思って、手拭を持って階子の口へ行くと、階下から暖いうまそうな味噌汁の匂がプンと・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・おおらかな、強い意志と、努めて明るい高い希望を持ち続ける為にも、諸君は今こそシルレルを思い出し、これを愛読するがよい。シルレルの詩に、「地球の分配」という面白い一篇がありますが、その大意は、凡そ次のようなものであります。「受取れよ、この・・・ 太宰治 「心の王者」
・・・余輩もとよりこの徳の量を減ぜんというに非ず。勉めて智の不足を足して、すでにあまりある徳の量にひとしからしめ、もって文明の度をいっそうの高きに置かんと欲するなり。ゆえに今の儒者も道徳の一味に安んずることなくして、勉て智学に志し、智徳その平均を・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
出典:青空文庫